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霧のペルシア  作者: ウニコ
17/31

桜の木の下で 2

 余裕を持って、六時二〇分頃に、約束のスターバックスに着いた。北の丸スクエアのガラス張りになったスターバックスは、外からよく見渡せる。

 ほとんど空になったカフェラテを置き、英語のペーパーバックを夢中で読んでいる馨がいた。

 そばに俺が近寄っても気付かない。

「諏訪さん!」と呼んで初めて、びくっと飛び跳ねるように顔を向けた。

 俺は、突然、呼び出したのを詫び、一緒に食事をできないかと誘った。

「家庭教師のアルバイトがない日だから、大丈夫です」と、馨は笑靨を見せて笑う。雄なら、人間でなくても、虜にされてしまうような笑顔だ。

 武道館のコンサートで訪れるだけの俺には、九段下辺りの店はわからない。日が長くなった外に出て、タクシーに乗り、四ッ谷の駅のそばにあるPAULに出掛けた。雰囲気のいいカフェ・レストランだ。

 馨はジーンズに、ダンガリーの長袖シャツといった軽快な服装だ。普段の地味な学生生活ぶりがわかり、俺はますます気に入った。

「こんな服装で大丈夫ですか?」と馨は車の中で、しきりに気にしたが、PAULはドレスコードなどないカジュアルな雰囲気の店だ。

 スリムなジーンズが細い脚に合い、最近ちょっと短くした髪が素敵に似合っていた。

 ハウスワインの赤をフルボトルで頼んだ。馨の前に置かれたワイングラスに、赤ワインを注ごうとすると、グラスを手で覆って遮った。

「アルコールは駄目なの?」

「そんなわけでは、ないんですけど」

 グラスから手を離したが、なぜかワインを飲むのに抵抗があるようだ。

「飲んで話そう。それとも?」

 わざと、言葉を切って、馨の様子を窺った。

「えっ?」

 馨は怪訝な表情で俺を見た。

「いや、こんなところで男と二人で酒を飲んでいるのを、君のボーイフレンドが知ったら、叱られたりするのかなと気になって」

「それなら、大丈夫です。いないから。ただ、直ぐに赤くなるのが恥ずかしくって……。笑わないでくださいね」

 アルコールが入っていないのに、もう頬を染めていた。見た目は、青い瞳や茶色の髪のために派手に見えるが、返ってくる言葉の一つ一つは、馨以外の女なら冴えないものばかりだ。

 馨のグラスにワインを注いだ。

 上智大学のそばの気取らない店を選んだつもりだが、馨は相変わらず緊張している。きっと、女子大に通っているため、男と一対一で飲んだりする機会が少ないのに違いない。

 俺の手前勝手な妄想は、都合のいい方向にますます膨らむばかりだ。

「じゃあ、再会に乾杯!」

 わざと軽く、明るく言って、手にしたグラスを、馨のグラスと合わせる為に前に出した。カンという音が、少し強く響いたのは、馨がぎこちなくグラスを重ね合わせたからだ。

 俺には、洗練されているとはいえない馨の物腰が、逆に心地よかった。

「神山さん、今日は、オークションの出品の話ですか?」

 頃合いを見て、俺から話すつもりでいたが、まだ飲み始めたばかりなのに、馨が先に尋ねてきた。

「どうして?」

 先に訊かれたため、わざと惚けた。

「ファースト・オークションの鈴木さんから、カタログが出来上がったから持って行きたいと、今日、何度も留守電に入っていたから」

 やはりカタログに載っていた『霧のペルシア』は、諏訪画廊の絵だった。

 それにしても、一課の担当は、よりによって鈴木だ! 下手に、一課の人間に『霧のペルシア』の出品について尋ねなくって良かったが、一方で、オークションの出品のために、馨が鈴木と話している光景を想像すると、なぜか心が騒ぐ。

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