表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧のペルシア  作者: ウニコ
16/31

桜の木の下で 1

 銀座に日傘が目立ち始めた五月二十三日(金)、馨と諏訪画廊で会ってから、一ヶ月以上が過ぎていた。

 六月二十八日(土)に行う、美術第一課の絵画オークションのカタログが机の上に配られていた。

 四月に諏訪画廊を訪れた時に、突然、馨にオークションの出品を相談されたのを思い出した。

 あれから、馨からは何も連絡はないが、どうしたのだろうか? 気に掛かっていないわけではなかったが、オークションの出品は、どうしようもならないだけに、俺のほうから敢えて連絡はしなかった。

 出来上がったばかりのカタログをパラパラとめくった。レオナール・フジタに岸田劉生、梅原龍三郎と、お馴染みの絵が並ぶ。海外では、ビュッフェの油彩やユトリロと、よく見る画家の作品だ。

 雪山を描いた加山又造の絵が目に付いた。四年前の二〇〇四年に亡くなった日本画家だ。日本画でしか出せない質感の清々しい風景が描かれている。本当に素晴らしい絵だけに、人目に触れないコレクターの所に行くより、できれば公立の美術館で所蔵してもらいたい。

 今回のオークションで、最も高い値が付いたのは、一番最後の作品であるピカソの晩年の油彩『マタドール』だ。最後のページに見開きで、三億~五億円のエスティメイトが付いていた。この作品なら、四億二千万円の国内オークション・レコードを越えるかも知れない。

 だが、ピカソに大金を払うなら、十分の一の加山又造の作品を俺なら手に入れる。そう思って、もう一度、加山又造の絵が見たくなって開いたページには、見覚えのある絵があった。

『霧のペルシア』桐島禎博 87 油彩

 一九八七年作とは、諏訪画廊の『霧のペルシア』と同じだ。まさか、俺の知らないうちに、馨はあの絵を出品したのか? いったい、誰に相談したのかと、気になった。

 それにしても、オークションへの出品が認められたのは、ファーストの査定セクションが、真作だと判断したのだ。

 すると、ファーストは、レゾネを管理する帝国画廊には、確認しなかったのに違いない。いずれ祖父、いや、帝国画廊からクレームがつくだろう。

 たまたま俺が顔を上げると、田部井課長と目が合った。桐島禎博が俺の祖父であるのは、会社のトップと、部長、それに田部井課長は知っている。

 だが、今回出品された『霧のペルシア』に問題がある事実までは、誰も知るわけはない。それなのに、課長の目を、避けるように逸らしてしまった。

 俺は、会社の外に出て、馨の携帯に電話をした。一課の人間に尋ねればいいのだが、もし担当があの鈴木なら、俺が訊いたのが知られると、後々やっかいだからだ。どうも、鈴木がらみだと考えると、用心深くなり、頭が妙な方向に回転する。

 馨は電話には出られないようで、留守電に替わった。

「ファースト・オークションの神山です。突然で恐縮ですが、今日、夕方にお会いできませんか?」とメッセージを入れた。

 しばらくして「講義の合間で、いま時間があまりないのです」と急いだ様子で話す馨から、折り返し電話が掛かってきた。俺たちは九段下の北の丸スクエアにあるスターバックスで、六時半に会う約束をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ