結城玲人 002
昼休み、一部の生徒が飢えた獣の群れと化すのを横目に昼休みだけ開店する売店の脇をすり抜け用務員室へと向かう。
幽霊になって食欲は無くなったが、食べていた記憶はある。
うん、味の記憶はあるから寂しくなるんだよね…。
という訳で昼休みは絶賛(誰の?)引きこもり中の俺である。
売店の薄っぺらなでソースのどばっとかかったチキンカツ弁当好きだったんだよね。
チープな味だったけどさ…。
気分を切り替えよう。
そんな訳で、俺が味わえる飲み物を楽しむために、引き篭もりを兼ねて用務員室へGO!
何が味わえるのかって?
珈琲ですよ、珈琲!
固形物とかはダメだが、数種類の飲み物だけは俺にも飲めるらしい。
珈琲の他にも水とアルコール関連はの大丈夫で、酒は飲むとちゃんと酔う。
個人的感覚では酒も水も、幽霊に対するお供え的なポジションなんじゃないかと思っている。
幽霊の出る場所に置いておくと減ってるとか、そんな感じじゃないかね?
見た目は高校生でも生きてたらとっくの昔に成人してたはずだから、飲んでもいいんだよ。
生きてたらとっくにおっさんだしね!
珈琲は俺が生前大好きだったので、黒いのがおまけで飲めるようにしてくれたんじゃないかと思ってる。
言葉は話せない(話さないのかもしれない)が、こちらの言うことは理解しているので、反応で当たりをつけた。
ああ、説明し忘れていたが黒いのってのは、俺がこの学校の地霊になったきっかけの、黒い年齢不詳の子狐だ。
見た目は子狐だが文献を漁ると800年ほど前から存在がちらほら出てきているのでかなりの高齢なのだろう。
少し左耳が千切れていたり、たまに何かと戦ったりしているっぽいが、普段はかなり可愛い。
黒いののことはまた今度ゆっくり語るとして、今は珈琲である。
用務員室に入ると慣れた手つきで珈琲を三人分淹れる。
一杯は俺の分。
二杯目はクマさんの分で、三杯目はその時来た誰かの分だ。
クマさんは俺が物を食べれないのを知っているから、何時も俺が珈琲を飲み終わる位の時間に入れ違いでここに戻ってくる。
何もいわないが、それとなく気を使ってくれるのが暖かい。
自分の為もあるが、是非クマさんには美味い珈琲を飲んでほしいと思う。
だから心をこめて今日も珈琲を淹れる。
三杯目は二杯目をクマさんがカップに注ぐ時に一緒に注いで置いておくと、いつの間にか中身が空になっているらしい。
きっと俺の知り合いの誰かがこっそり飲みに行っているのだろうが、クマさんも慣れたもので、そういうものだと騒いだりはしない。
この町の人たちは、黒いのが町中でたまにいろいろやっているらしいので、多少の不思議なことは「そういうものだ」で片付けてあまり気にしない。
学校の七不思議の一つ、用務員室のいつの間にか減っている飲み物。
七不思議と銘打ってはいるが、ネタとして言っているだけで害(減ることが害でないのなら)のない日常だ。
外を眺めながら珈琲を飲む。
北国では四月のこの時期はまだ寒いはずだが、今日の日差しは春のやわらかい。
俺には気温は感じることはできないが、午後からの授業は窓側の席に座る学生は、暖かさで睡魔との闘いになるだろう。
次の授業は理科の板垣さんだったか?
確実に爆睡するであろうドラゴンと、板垣さんとの攻防を思い浮かべて可笑しくなる。
そろそろクマさんが戻ってくる時間である。
俺は自分の間借りスペースから本を取り出し3階の図書室へと足を向ける。
珈琲は嗜好的趣味、読書は知識欲的趣味である。
長いこと幽霊なんてやっているととにかく暇なのだ。
生身と違い学校の敷地しか移動の自由はないし、たまに来客はあるが夜なんてほぼ一人だ。
今の俺にとっては学ぶこと、知識を得ることは最大の娯楽といってもいい。
読書は最適な暇つぶしであり、狭い世界で生きる俺にとっては本一冊が文字どおり世界への扉なのだ。
次は何を読もうかなどと考えながら図書室のドアを抜けると、司書席に見馴れない女の子が座っていた。
リボンの色からして一年生だろう。
そろそろ各種クラス委員が決まってもおかしくない頃だ。
俺は司書席に近づきかって知ったるなんとやらで、彼女に挨拶をしながら自分で返却作業を進める。
「こんにちわ…あの…ゆーれいさんですか?」
「はい、ゆーれいさんですよ。
結城玲人、万年3年生で七不思議の一つの図書室の幽霊です。
君は新人の図書委員さんかな?」
勝手に返却作業を始めた俺に不思議そうな顔をしていたが、俺の正体に思い当たった彼女が正解を口にした。
既に俺の存在を先輩か誰かから聞いていたらしい。
「1-Bのカイネです、海の音って書いて海音、よろしくお願いします」
「よろしく」
苗字無しの自己紹介が多少気になったが、何か理由があるのかも知れないので突っ込まずに流すことにする。
男子の法則は発動できないけどな!
ざっと見て彼女の特徴を頭に叩き込む。
身長は座っているから判らないが、そんなに小さくはない。
よくあるイメージの図書委員の子のイメージではなく、読書というより体を動かすのが好きそうなタイプに見える。
いや、体を動かすのが好きな奴が、読書嫌いとか偏見は持ってないけどな、イメージだよ、イメージ!
ポニーテールの髪が背中の真ん中位まで降りている。
観察していると、細めの眼鏡越しに目が合った。
はて、何処かで会ったことがあるような?
「ねえ、俺とどっかで俺と会ったことない?初めてだっけ?」
「初めましてですよゆーれいさん、ナンパですか?」
「ちょ、ちが!」
「冗談ですよ先輩、あ、先輩とお呼びしても?」
笑いながら返す彼女。
確かにナンパっぽかったかもと思いながら呼称に関して頷く。
前に何処かで見たことある顔だと思ったので確認しただけだったのだが、よく考えれば学校から出られない俺が1年と知り合う機会なんてないのだから気のせいなのだろう。
その後、海音とは本のことを話していたら、昼休み終わりの予鈴がなった。
どうやら思ったよりも話し込んでいたらしい。
「後やっておくから上がっちゃいな、俺は棚への返却終わったら好きなの借りて鍵掛けとくから」
「じゃあ先輩よろしくお願いします」
「おーやっとく、なんか解らんことがあったら声かけてな、大抵ここか用務員室にいるから」
「はい、それではまた」
頭を下げる彼女に軽く手を振って見送った。