結城玲人 001
勢いで始めた勢いのない作品…(汁
4月である。
今年度も数日前に、気持ちも新たな春がやってきた。
俺は間借りしている住み慣れた四畳半一間の窓から、登校する生徒たちを眺める。
そんなに大きな学校ではないので、新入生以外は話したことはなくてもほぼ知った顔だ。
制服の群れを見やりながら、少し冷めた珈琲をすすっているとドアがノックされ返事を待たずに黒くてでかい塊が部屋の中へと入ってきた。
「おはよう、結城君」
見た目を裏切らない大き目の声だ。
目の前にはまだ春だというのに健康そうに日焼けした熊みたいにでかいおっさん。
体格に似合わないつぶらな瞳が魅力的な用務員さんだ。
森野熊吉さん。45歳、彼女募集中らしい。
「おはようございます、クマさん」
俺は挨拶を返しクマさん用のカップに珈琲を淹れて渡す。
軽く礼をして受け取ると、クマさんは一口飲み軽く微笑む。
これもいつもの朝の風景である。
「相変わらずいい味だね」
「ありがとうございます。
特に今日はこれといった引継ぎは無しです、夜中も異常ありませんでしたよ」
引継ぎ事項を連絡し、本来のこの部屋の主であるクマさんにバトンタッチする。
そうそう、俺の名前は、結城玲人という。
主に昼間は3-Aの教室、夜は用務員室に間借りしている俗に言う幽霊という存在だ。
何でそうなったかっなんて詳しいことは、追々語っていくとして、今は昼間は生徒もどき、夜は用務員室の押入れを住処に夜間警備なんてことをしながら生活(?)していたりする。
大抵の人からは名前と幽霊をかけて、通称「ゆーれい」さんと呼ばれていたりいなかったりだ。
俺は元々この学校の生徒だったのだが、3年の夏休みに死んでしまった。
死んだのが突然で、心残りがあったため多分この場所に囚われてしまったのだろう。
まあ、それだけが原因じゃないんだがな。
俺は足元にじゃれ付く黒いのをチラ見して、行ってきますの挨拶代わりに一撫でする。
「それじゃクマさん行ってきます。
あ、今日は放課後園芸部と花壇整備計画の会議でしたっけ?顔出したほうがいいですか?」
「うん、16時半からだよ、結城君がいてくれたほうがいいから来てくれると助かるよ」
「分かりましたでは後ほど」
「いってらっしゃい」
クマさんに別れを告げ、体育館脇の用務員室から一階の反対側の普通教室に向かう。
校舎自体はそんなに大きなものではない。
普通科で学年2クラスしか無いので、田舎町の学校としては適度なサイズと言っていいのだろう。
3階建てで上から1年生、1階が3年生という割り振りになっている。
見知った顔に挨拶したりされたりしながら廊下を進む。
有難いことにほとんどの生徒が、幽霊である俺を避けたりせずに気軽に話しかけてくれる。
「れーさん、おっはよ~一緒いこ?」
「信濃さんおはよう、いいよ」
玄関で同じクラスの信濃葵と会ったので、短い距離だが一緒にクラスに向かう。
どうでもいいことだが、男子が女子を呼ぶ時は何故か名前ではなく苗字率が多いと思わないか?
俺はこれを個人的に、男子の法則その一と名づけていたりする。
ほんとどうでもいいけどな!
とりあえず信濃さんは俺の前の席であり、同じクラスになってまだ数日だがそれなりには話す間柄である。
小柄で眼鏡の元気っ子、短めの癖毛が跳ねそうで跳ねていない(跳ねてたらアホ毛だったのに残念だ)のが特徴だ。
よく手を当てて直そうとしているので、きっと気にしているのだろう。
髪を短くしているのは、走るのに邪魔になるかららしい。
彼女は陸上部で、放課後に走っているのをよく見かける。
どうでもいいような事を話しながら教室に入り、クラスの奴らと挨拶を交わし席に向かう。
俺の席は教室の一番後ろの窓側だ。
前の席はさっき言ったように信濃さんで、隣は誰もいない。
席替えのときも移動は無しで、授業中に当てられることも無い。
これは俺の存在が特殊だからだ。
俺は3-Aで授業を受けてはいるが、生徒と言うわけではないからだ。
授業料も払ってないし、教科書なんかも持っていない。
ぶっちゃけ、暇つぶしで何年も授業に顔出していたら、当時の校長の計らいで席が用意されたのだ。
クラスが3-Aなのは俺が死んだ時のクラスが3-Aだったからだ。
「葵、ゆーれーさんおはよっす!」
「おはよう、今日も無駄に元気だなドラゴン」
「ドラゴンって言うな!」
突込みで叩こうとした手が俺をすり抜けるが、気にすることではなくスルーだ。
信濃さんの隣の席のノリのいい微妙なイケメンは今日も元気そうだ。
本名は龍也と言うのだが、本人が嫌がるのをものともせずに俺はドラゴンと呼んでいる。
なんと、驚くことに信濃さんの彼氏だ。
この二人との会話は割と楽しい。
何年学生をやっていても、こんな日常というものは良いものだと思う。