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惰性の日常  作者: そう。
1/1

子供

 妻と出会ってもう5年になる。


 5年前に職場で出会い、違う部署ではあったが飲み会などの行事で顔を合わせることが多かった。お互い独り身であったため、普通に結婚対象として考えるようになり、普通に恋愛関係に発展した。まず、連絡先を交換し、お互い忙しいながらも時間を作ってデートし、それほど時間をかけずに肉体関係になり、気づけば結婚について話し合っていた。


 小さな頃、好きになったら結婚すると思っていた。中学になったら、淡い恋を経験しつつも、性という恥ずかしいものを否定し、また惹かれながら、少しずつそれに慣れていった。高校生になると初体験というものを経験し、それからは恋愛など考えず、とにかく肉体ばかり求めていた。この頃はそれなりに人を傷つけてきたし、傷つけられてきた。大学生になればそれらの「丁度いいバランス」というものを見つけ、学生生活の中での社会性と恋愛の関係性について深く考えるようになり、失敗をしないように気をつけてきた。


 社会人になっても大学生の延長線のような考え方しかできておらず、仕事に支障をきたすこともあった。ほどなくして、それは社会で働く者として批判されるべき考え方だと知り、少しずつ大人になっていった。それでも、時には強く燃え上がるような恋を、……主に不倫であったが、経験し、葛藤し、希望を持ち、絶望し、感情が大きく揺れる。それすらも慣れてきたときに、やっと妻と出会った。


 こうなってくると恋愛というものに対して特別強い感情も持たなくなり、普通に損得勘定で考え、その人と一緒にいるべきか、いないべきかを探るようになる。決して卑屈になっているわけではない。恋心はある。しかし、それは理性で十分に抑えることができるものなんだ。


 そして、あれよあれよと言う間に妻の妊娠が発覚し、仕事に忙殺されているうちに、ポンッ、と子供が生まれ、気持ちも整わないまま「私の子」と対面してしまった。素直に嬉しいと感じる。が、今感じる嬉しさ以上の強い愛情というか、なんというか、家族感というか、そういったものを感じることができないのだ。


 もしかしたら、これが普通のことなのかもしれない。こうしていくうちに、愛情というものが少しずつ芽生えていくのかもしれない。きっとそうだと、頭では理解しているものの、体がついてこない。感情がついてこない。本当に私の子供なのだろうか、という思いさえする。


 ある日、妻がどうしても外せない用事で子供と二人きりになった。いつもは朝から晩まで仕事をしているため、子供と顔を合わせるのは休日の午後から夜にかけてであり、その時間も疲れて眠っているから、接する時間はほとんどなかった。そんな中での、急な、二人きりの日。どう向き合っていいのか分からない。向き合うと言っても、この子はそんな認識はないだろうし、ただの「知らない人」なんだろう。


 さて、どうしたらいいものか。


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