婚約破棄された私は浮気王子を断罪し、隣国の最強皇太子に溺愛されながら華麗に復讐します
――その日、私の人生は終わった。
「セレフィーナ・アルディア。お前との婚約を、ここに破棄する」
王城の大広間。煌びやかなシャンデリアの下で、私の婚約者であった第一王子レオルドは、堂々とそう言い放った。
周囲はざわめきに包まれる。
当然だ。何の前触れもなく、婚約破棄など。
しかも――理由が、最悪だった。
「理由は明白だ。お前は陰湿で嫉妬深く、そして……俺の愛する女性を虐げた」
「……は?」
思わず、素で声が出た。
いや、待って。意味が分からない。
私が虐げた? 誰を?
その答えはすぐに現れた。
「セレフィーナ様……どうか、もうおやめください……」
涙ながらに前に出てきたのは、子爵令嬢リリアナ・フェルディナ。
――敵役の女だ。
ふわりとした金髪、儚げな表情。だがその瞳の奥にある計算高さを、私は知っている。
「リリアナ嬢、君は何も悪くない。すべてはこの女の嫉妬だ」
レオルドは彼女の肩を抱き寄せる。
――ああ、なるほど。
全部、繋がった。
「……つまり殿下は、その方と不倫なさっていたと?」
静かに問う。
一瞬、空気が凍りついた。
だがレオルドは、ふっと鼻で笑った。
「愛に不倫も何もあるか。真実の愛だ」
「はあ?」
また素で出た。
周囲がどよめく。
私はこめかみを押さえた。
……ダメだ、この人。思ってた以上に頭が残念だ。
「では、婚約者がいる状態で別の女性と関係を持つ行為を、殿下は正当だと?」
「当然だ。俺は王子だぞ?」
ドヤ顔である。
……本当に無理。
「セレフィーナ様……私、怖かったんです……」
リリアナが震える声を出す。
だが、その指先がレオルドの服をぎゅっと掴んでいるのを、私は見逃さない。
――ああ、完全に共犯ね。
「私を陥れるために、随分と準備されたようで」
「な、何を……!」
「いいえ。もう結構です」
私は静かに息を吐いた。
怒りは、ない。
あるのはただ――冷たい決意だけ。
「婚約破棄、受け入れましょう」
「ほう、聞き分けがいいな」
「ええ。ただし」
私は顔を上げる。
「王家との一切の関係を断ちます。そして、私に対する虚偽の中傷が事実である証拠を提示できない場合――」
にこり、と笑う。
「然るべき手段を取らせていただきます」
その言葉に、空気が張り詰めた。
だがレオルドは気にした様子もなく、笑った。
「好きにしろ。どうせお前は終わりだ」
――そう思っていなさい。
私はその場を後にした。
その夜。
私はすべてを失った。
婚約者も、社交界での立場も。
家ですら、私を庇うことはなかった。
「お前が何かしたのだろう」
父のその一言で、終わった。
……まあ、いい。
全部、切り捨てるだけだ。
私は荷物をまとめ、屋敷を出た。
行く当てもないまま、夜の街を歩く。
その時だった。
「――面白い女だな」
背後から声がした。
振り向く。
そこにいたのは――黒髪の男。
鋭い金の瞳。圧倒的な存在感。
「誰ですか」
「名乗る前に、礼を言うべきか?」
「は?」
「先ほどの茶番。最高に笑えた」
くつくつと笑う。
……この人も大概だな。
「失礼しました。笑いものにしてしまって」
「いいや。あれはあの男が悪い」
男は近づいてくる。
「お前、行く場所がないのだろう?」
「……それが?」
「なら、来い」
「は?」
「俺の国に」
さらっととんでもないことを言った。
「はあああ!?」
「ちょうど退屈していたところだ。お前なら、楽しめそうだ」
にやり、と笑う。
――この人、絶対ヤバい。
「お断りします」
「即答か。だが」
彼は私の顎を軽く持ち上げた。
「復讐したいのだろう?」
「……!」
図星だった。
「力を貸してやる。あの愚か者どもを、徹底的にな」
低く、甘い声。
その瞳には、確かな力が宿っていた。
「……あなたは、一体」
「俺か?」
彼は笑う。
「隣国グラディウス帝国、皇太子――アルヴィスだ」
――とんでもない人物だった。
それから数ヶ月後。
私は帝国にいた。
そして――
「セレフィーナ、今日も美しいな」
「やめてください」
「なぜだ?」
「毎日言う必要あります?」
「ある」
即答。
……この人、本当に皇太子?
溺愛が重すぎる。
だが、その力は本物だった。
証拠を集め、裏を取り、ついに――
「本日、王国に正式抗議を行う」
アルヴィスが告げる。
「準備はいいか?」
「もちろんです」
私は微笑む。
――復讐の時間だ。
そして公開の場。
すべてが暴かれた。
「な、何だと……!?」
レオルドは顔を青ざめさせる。
「リリアナ・フェルディナ。あなたが虚偽の証言と証拠捏造を行ったこと、すべて明らかになっています」
「ち、違う……!」
「そして殿下」
私は冷たく見下ろす。
「あなたの不貞行為も、すべて記録されています」
「ぐっ……!」
周囲の視線が突き刺さる。
もう、逃げ場はない。
「以上をもって、名誉毀損および国家間問題として訴追します」
終わりだ。
二人はその場で失脚した。
その帰り道。
「満足か?」
「ええ」
私は空を見上げる。
すべて、終わった。
「では次だな」
「次?」
「結婚だ」
「は?」
また出た。
「お前は俺のものだろう?」
「いつの話ですか!?」
「最初からだが?」
ドヤ顔。
……ダメだこの人。
「いやいやいや、そんな話してませんよね!?」
「した」
「してません!!」
言い合いになる。
だが――
「……まあ」
私は小さく笑った。
「少しだけなら、考えてもいいですよ」
「本当か!?」
「ただし条件があります」
「何だ」
「その重すぎる溺愛、少しは控えてください」
「無理だ」
「即答やめて!?」
――こうして。
すべてを失ったはずの私は。
誰よりも面倒で、誰よりも強くて。
誰よりも優しい男に、捕まったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
――結論から言う。
この男、重い。物理的にも精神的にも。
「セレフィーナ、朝だぞ。起きろ。というか起きているな? 起きているなら抱きしめてもいいか?」
「いいわけないですよね???」
朝一番からこれである。
なお、ドアはノックしていない。勝手に入ってきた。
皇太子なのに。
「なぜだ。夫婦になるのだから問題ないだろう」
「なってません!! 予定も未定です!!」
「では今決めよう」
「会議みたいなノリで言わないでください!!」
私は枕を投げた。
見事に顔面にヒット。
「痛いな。だがそれも愛か」
「違いますただの攻撃です」
この人、本当に大丈夫だろうか。
帝国の未来が心配になるレベルである。
――数時間後。
私は仕事をしていた。
帝国の社交界に復帰したとはいえ、やることは山積みだ。
「セレフィーナ様、こちらの書類を――」
「ありがとうございます」
侍女から書類を受け取る。
その瞬間。
ガチャァン!!!
「セレフィーナァァァァ!!!!」
「うるっさ!!!!!」
扉が破壊された。
いや、物理的に。
「何してるんですか!?」
「いや、ノックが面倒で」
「破壊の方が面倒ですよね!?」
ドアが粉々なんですけど!?
職人さん呼ばなきゃいけないんですけど!?
「それよりセレフィーナ」
「それよりじゃない」
「会いたかった」
「さっき会いましたよね!?」
わずか三時間前だぞ!?
「三時間も離れていた」
「遠距離恋愛か何かですか??」
「心の距離の話だ」
「うまいこと言った感出さないでください」
もうダメだ。
ツッコミが追いつかない。
――さらに数日後。
私はある噂を耳にした。
「皇太子殿下が、婚約指輪を用意しているらしい」
「……は?」
嫌な予感しかしない。
そしてその夜。
「セレフィーナ」
「来た」
来た。
絶対来ると思った。
ドアはちゃんとノックされた。奇跡だ。
「入りますよ?」
「どうぞ」
開けた瞬間。
キラァァァァァン!!!
「まぶしっ!!!」
何かが光った。
いや、何かじゃない。
指輪だ。
しかも、異常にデカい宝石がついている。
「どうだ」
「どうだじゃない」
「婚約指輪だ」
「いやサイズおかしくないですか???」
指よりデカいんだけど!?
これもう武器だよね!?
「愛の大きさを表現した」
「物理的に表現しないでください!!」
「重いか?」
「そりゃ重いですよ!! 指もげますよ!?」
ていうかこれ、はめたら手を振るたびに凶器になる。
「問題ない。筋力を鍛えればいい」
「なんで私が努力する前提なんですか!?」
おかしい。
会話が成立しているようでしていない。
――翌日。
私はついに決断した。
「アルヴィス様」
「なんだ、セレフィーナ。今日も美しいな」
「ありがとうございます。話を聞いてください」
「なんだ?」
「溺愛を」
「うん」
「控えてください」
「無理だ」
「即答ァァァァァ!!!」
知ってたけど!!
「だが安心しろ。努力はする」
「本当ですか?」
「ああ」
珍しく真面目な顔。
……これは期待していいのか?
――数分後。
「セレフィーナ」
「はい」
「控えめにした」
「どこがですか」
距離ゼロなんですけど。
というか膝に座らされてるんですけど。
「これでも控えめだ」
「基準がバグってる!!」
「ではこれ以上離れる」
スッ……
1センチ離れた。
「誤差ァァァァァ!!!」
誤差の範囲!!
それもうくっついてるのと同じ!!
「どうだ」
「どうだじゃないです」
私は頭を抱えた。
ダメだ。
この人はもう治らない。
――だが。
「……まあ」
私は小さく笑う。
「嫌いじゃないですけどね」
「本当か?」
「ええ。ただし」
「ただし?」
「そのドア破壊癖だけは直してください」
「善処する」
「絶対直さないやつ!!」
断言できる。
この人は絶対やる。
またやる。
確実にやる。
――こうして。
復讐を終えた私の日常は。
平穏とは程遠い、騒がしくて。
でも――
「セレフィーナ、愛している」
「はいはい、知ってます」
どこか温かい。
そんな毎日になったのだった。
――続く(多分ずっとこんな感じ)――




