地獄の王都に迫る影。その正体は……!?
第三章始まります♪
「まずいな……。逃げるにも、どうやって逃げる……。」
王城の隠し通路。
レリアに目をつけられたあの日から、イザークはここへ滑り込むように逃げ込んだ。
だが、進むことも、戻ることもできない。
通路の入口付近では、魔人化した兵たちが足音を響かせながら徘徊していた。
「魔人化した兵が百以上……。アニデヴォーラにS級魔物まで……。……これは、本当に詰んだな。」
城内では、瘴気の気配が壁越しに伝わってくる。
うめき声、金属を引きずる音、低い唸り。
恐らくレリアの命令で、連中は今もイザークを探しているのだ。
王城を出れば、今度は別の地獄。
魔人に殺された領民の死体にアニデヴォーラが入り込み、抜け殻のような体でさまよい、さらにS級魔物が、王都を中心に徘徊している。
「くそ……魔物同士で少しはやり合えよ……。」
絞り出すように呟き、イザークは髪をかきむしり、その場にへたり込んだ。
だが、その瞳だけは濁っていない。
――神官騎士として叩き込まれた精神強化。
――ラファリエール公爵家の密偵として積んだ、極限下の訓練。
それだけが、彼を辛うじて“正気”へ繋ぎ止めていた。
「あいつらが寝静まっている間に、少しずつ進むか……。」
小さく息を吐き、イザークは壁に背を預けた。
張り詰めた神経を一瞬だけ緩めるため、ほんのわずか――目を閉じた。
その瞬間――
大地が低く揺れた。
“ドスッ……ドスッ……”
一定のリズムで響く重低音に、イザークは目を見開く。
「……なんだ!?」
魔人兵たちが一斉にざわつき、次の瞬間にはガチャガチャと音を立てながら外へ向かって走り出した。
(今なら……逃げられる!)
足音に紛れて通路を抜け、慎重に外へ出る。
だが……外は不気味なほど静かだった。
風だけが、乾いた音を立てて吹き抜ける。
そのとき――
遠方で巨大な影が揺れた。
丘陵の向こうから、ゆっくりと――着実に近づいてくる。
(……森? いや、森が動くわけが――)
魔人兵たちが近づいてくる影を見てざわめきを上げる。
「ア……れ……」
「魔物……カ……」
「喰イタイ……喰イタイ……喰イタイ……」
狂ったような“食欲”の声が四方からこだまする。
(魔物を喰いたいなんて……初めて聞いたぞ……一体何が起きてるんだ……)
イザークは息を呑み、影を凝視した。
すると――
巨大な影の“上”に――
小さな影。
いや……人影が手を振っているのが見える。
「……あれは……」
ほんの一瞬、風の音だけが吹き抜けた。
「うわぁぁぁ~おいしそぉ~な魔物がいっぱ~い!!」
「ア……アンナか!?!? なんであそこに乗って……!」
***
時は少し遡る――
シルトクレーテの甲羅の上を、緩やかな風が通り抜ける。
どこかのどかで、まるで“嵐の前の静けさ”のように心地いい。
「これからのことを話しましょうか。」
プロセルピナ神殿に数名を残し、一行はシルトクレーテに乗り込み、王都へ向けて静かに出発した。
シルトクレーテで移動すれば、王都までは三日ほどに短縮される。
巨大な海亀といっても、海だけでなく陸も歩ける優秀な魔獣だ。
今回同行したのは、イアン、ケルネリウス、オリザールス、ラケル、アレット、オレール。
さらにメメント・ムーンとメメント・ソレイユのメンバーと、神官と聖女たち合わせて三十名ほど。
「そうだな……こちらの人員は三十人前後。オリザールスとラケルが加わるとはいえ、それでもエルネスト軍の方が多いだろう。」
「そうね。それに、おいし……じゃなかった、魔物も混ざっているでしょ。うまく分けて動かないと大変なことになるわ。」
「それは……魔物の鮮度の話か?」
「そ、そんなことないわよ!? ちゃ、ちゃんと考えているといってちょうだい!」
アンネリーゼは頬を赤くし、ぷんと怒ってみせる。
彼女の姿を見てケルネリウスはゆっくり目を細めた。
(いや……今のは絶対“食材”の話だっただろ……)
アンネリーゼはそっぽを向いた。
(ち、違うのよ……魔物だからって何でも食べたいわけじゃ……)
イアンは手で顔を覆い、肩を震わせている。
(うちの妹……なんてかわいいんだ……)
穏やかな空気が甲羅の上に広がる。
本当にこれから危険な地へ向かうのだろうかと錯覚するほどだ。
それぞれが「これから戦場に向かうのよね……」と不思議に思っているくらいである。
だが――
その空気を、ラケルの低い声が断ち切った。
「おい。のんびりしている暇はないぞ。」
その一言で場が静まり返る。
「魔人化した奴らは強い。いかにアンナとて簡単に倒せる相手ではない。もしシモンを想像しているのであれば、お門違いもいいところだぞ。」
ウルカヌス火山で出会った魔人、アグニ・フォルジュ。
穏やかで、誇りを持ち、ただ約束を守るために鉱石を打ち続けていた男。
アンネリーゼとケルネリウスは、自然とその姿を思い出す。
「知っているわ。アグニ・フォルジュは優しい人だった。それに……あそこまで憎しみが強くなかったもの。」
王城の方を指さすアンネリーゼ。恐らくエルネストとレリアを指しているのだろう。
ケルネリウスもまた、ラケルとアンネリーゼの言葉にうなずく。
「そうだな。あいつはただ、約束のために生きていただけだ。エルネストと同じだなんて、俺は思わない。」
ラケルはふっと息を吐き、短く頷いた。
「ならよい。」
そこを皮切りに、空気が切り替わる。
のほほんとした温度が消え、引き締まった緊張感が走った。
「じゃ、役割の確認だけしておきましょう。とりあえず魔物は無視で。まずは王城に入るわ。メメント・ムーンとメメント・ソレイユは王城内の魔人兵を集めて閉じ込めておいて。決して無理はしないようにね。」
「「「わかった。」」」
「オレールとアレットはイザークを探して。お父様は逃げられただろうって言っていたけど、可能性は低いわ。」
「「了解。」」
「リースとお兄様は私と行動ね。エルネストとレリアを探す。他の聖女と神官たちはラケルとオリザールスと一緒に、逃げ遅れた民衆がいないか確認を。」
「「わかった。」」
そこで祠から声が響いた。
「杏菜よ。そろそろ着くぞ。」
シルトクレーテの言葉に皆が立ち上がる。
そして自然と、アンネリーゼの周りに円を作るメメント・ムーンとメメント・ソレイユ。
それを見ていた聖女や神官たちは首を傾げた。
「え!? なにこれ……?」
「いいから、こっち来て。」
「早く早く!」
「これがないと始まらないのよね……」
輪に入っていない者を半ば強引に引き寄せ、全員で肩を組む。
そして同じタイミングで息を吐き、アンネリーゼが言った。
「いい? 絶対誰も死なずに戻ること。死ぬことは絶対許さないから。必ずここでまた会いましょう。」
「「「「はい!!!」」」」
全員が武器を前に差し出す。
「じゃぁ~いくわよぉ~~~!! レッツゥゥゥ~~!!」
「「「「「クッキ~~~ング!!」」」」」
武器を天へと掲げた瞬間、神の祝福を受けたかのように、その輝きがいっそう強まった。
✿いつもアンネリーゼを応援いただきありがとうございます(*.ˬ.)"
これから決戦のはずなのに、アンネリーゼには緊張感がないようです(笑)
それもそれでアンネリーゼらしいのですが…。
次回21:10更新予定です♪
どうぞ、お楽しみに✨




