終わりの足音。
「イザークから……手紙が届いた。」
ダミアンは静かに、一通の封書をアンネリーゼの前へ差し出した。
「イザークから? ……えっ、厚っ……」
思わず持ち上げたアンネリーゼの手が止まる。
まるで小さな本のように重い。
封はしっかり糊で固められ、隙間からは黒いインクの香りがかすかに漂っている。
「これは…また…。ただの報告書ではありませんね。」
ダミアンはゆっくりと頷いた。
「あぁ。イザークは“唯一”エルネストの近くに残れた人間だからな。」
「神官騎士の資格……あれが生きたんですね。」
「そうだ。アンナが王都を追われた頃から、密かに動向を探らせていた。
そして今もなお――魔人となったエルネストの“そば”にいる。」
その声はわずかに沈んでいる。
「まだ近くに……。
……そうですよね、さすがオレールの兄というだけありますね。《修正:だけだけ→だけ》
オレールも瘴気への耐性が強いですし……納得です。」
(オレールも耐性が強いということは…家系ということか。)
「…それで。この手紙には何と書いてあったんですか」
アンネリーゼは分厚い手紙をしれ~っと押し返すと、ダミアンは小さくため息を吐いた。
「ハァ…そうだな…かいつまんで話そうか…。」
ダミアンの言葉に目を輝かせる。
どうやら、自分で読むのは嫌だったようだ。
「できれば手短に五分以内でお願いします!」
「いや、五分は無理だ!」
アンネリーゼが面倒くさそうに肩を落としたところで、ダミアンは分厚い封書に指を置き、静かに言葉を継いだ。
「イザークからの手紙には、王都崩壊の“始まり”が半年前から加速度的に進んでいた、と記されていた。」
***
――半年前、王都。
空気が、既にどこか濁っていた。
『エルネスト様……これ以上、兵を集めるのは困難かと……』
『ナ……な、ンだと!?』
アンネリーゼ討伐隊を作ろうと躍起になっていたエルネストは、思い通りに兵が集まらないことに苛立ちを隠せなかった。
だが、兵士たちが逃げる理由は——誰より、エルネスト自身が知るべきものだった。
『ひ、ひぃ……っ!』
エルネストの顔を見た瞬間、兵士の一人が尻もちをつく。
『ど、どうか……お命だけは……! なんでもいたしますから……!』
後ずさりながら扉へ駆け込み、悲鳴とともに逃げ去った。
『うああああっ!! ば、ばけものだぁぁぁ!!』
その叫びだけが室内に残り、エルネストの胸の奥を深く抉った。
『バ……ばけモノ……だと……? オ、れが……ばケ……モノ……?』
胸元を押さえ、頭を抱え込む。
声が震え、歪み、複数の声が重なったように不気味に響いた。
部屋に残っているのは、エルネストとイザーク、
そしてマルネリウス・アスデウス、ペドロ・ゴモリーの三名のみ。
『エルネスト様。どうかご冷静に。まずはお掛けください。水を――』
ペドロがひざまずき、水を差し出したとき――
バンッ!
エルネストは反射的に腕を振り上げ、コップを弾き飛ばした。
コップは壁に叩きつけられて砕け散る。
『ウ”……う”あ”ァ”ア”アァ”ア”ァ”……ッ! あ”ァ”ア”ぁ”ァ”ア”ア”ア”~~~……!』
喉の奥から漏れる叫びは、もはや人間の声帯が出す音ではなかった。
しかし、ペドロはひるまない。
『見た目が変わろうと、あなたはこの国の王太子です。』
続くように、マルネリウスも片膝をつき、静かに頭を垂れた。
『兵が少なかろうと、ここに残ったのは精鋭のみ。必ずやアンネリーゼを討伐し、殿下の未来を切り開いてみせましょう。』
『あ”ン”ねりーゼ……そ、そうダ…。
あ”ン”ねりーゼ…あ”ン”ねりーゼあ”ン”ねりーゼあ”ン”ねりーゼぇエえぇエェェェエエエエ!!』
呪文のようにアンネリーゼの名前を呼び続けるエルネストをみて、二人は驚くどころかニヤリと笑う。
その姿はエルネストを見ているというよりは、それよりも奥にある何かを見ているようなそんな感覚だった。
二人は完全に声をそろえて一言。
『『――殿下のために。』』
その姿は、王に仕える騎士というより――
神像に祈りを捧げる“信徒”に近い。
薄暗い室内の中で、彼らの盲目的な忠誠だけが静かに光っていた。
(……相変わらずだな。この二人は。)
イザークはふたりの背を見下ろし、“忠誠の皮を被った信仰”が確実に狂気へ傾きつつあるのを感じていた。
(……問題は、殿下だけじゃない。この王都“全体”が、すでによくない方向へと進んでいるのか…。)
エルネストの叫び、ふたりの盲信、そして外から流れ込む濃密な瘴気――
あの日を境に、王都は静かに“終わり”へ向けて滑り始めたのだ。
それが、半年前のことだった。
***
ダミアンは長い報告を語り終えると、重く息を吐いた。
「……以上が、イザーク半年前に見た王都の話だ。」
アンネリーゼはぽりぽり頬をかきながら――
「…なるほど…。まだ半年前ですか。」
「お前なぁ~…」
緊張感一つないアンネリーゼを見て、周りで話を聞いていた人たちが盛大に溜息を吐いた。
「…と、いうよりも…アンネリーゼ討伐部隊って…まるで私が悪役みたいじゃないですか!?」
「いや、今そこはどうでもいいだろう!」
他にもいろいろ気になる話があったというのに、アンネリーゼにとって一番気になったのは「アンネリーゼ討伐隊」という言葉だった。
「え? 娘が討伐されそうなんですよ!? なんでそんなに冷静でいられるんですか!?」
「まぁ…(お前だからな…)それは置いておいて、話を先に進めるぞ。」
ダミアンは咳払いし、分厚い封書の後半部分を指で叩いた。
「イザークの報告は“半年前”で終わりじゃない。……問題は、“最近の王都”だ。」
アンネリーゼの表情が、さすがにわずかにだけ引き締まる。
「最近……って、どのくらい前ですか?」
「三週間前だ。」
「三週間前ですか。ちょうど私が帰ってきたころですね。」
その言葉を聞くとダミアンはこくりと頷いた。
そして一瞬の静寂のあと、ダミアンがゆっくりと三週間前の出来事について話し出した。
「まず……王都の民は、すでに全員避難している。
瘴気が濃すぎて“住める場所”ではない、とイザークは書いていた。」
「民も……みんな?」
アンネリーゼの声がほんのわずかに落ちる。
「一人残らず、だ。
避難の最終確認をしたのは、イザーク本人だから間違いないだろう。」
ダミアンは封書の特に折れたページをめくりながら続けた。
「王都に残っているのは……魔人化した貴族と、殿下に心酔した騎士たち、そして――」
数秒、言葉を慎重に選ぶ沈黙。
「……魔人となったエルネストと、彼に寄り添うレリアだ。」
空気がわずかに冷えたように感じた。
アンネリーゼは口を引き結び、大きく息を吸う。
ダミアンはさらに続ける。
「三週間前――イザークは、こう書いている。」
ダミアンの指先が止まり、空気がひとつ軋んだ。
「……ここから先は、覚悟して聞いてくれ。」
そして彼は、王都が“完全に地獄へ堕ちていった日”の記録を読み上げ始めた。
✿いつもアンネリーゼを応援いただきありがとうございます(*.ˬ.)"
今作品始まって以来のシリアスモード!?でしょうか。
王都はどんどん大変なことになっていますね…。
このシリアス展開…アンネリーゼはわかっているのか…気になりますね(笑)
次回、明日8:10更新予定です♪
どうぞ、お楽しみに!




