幸福の宴と、迫りくる黒い靄。
「よし! ある程度できたからもっていって~!」
窯の中から焼けたばかりのピザを取り出していくと、「待っていました」と言わんばかりに、神官たちが行列を作った。
チーズがぷくりと弾け、スモークバッドの香りが広がり、表面には香ばしい焦げ目。
それを見た瞬間、全員がごくりと喉を鳴らした。
「俺が持っていく!」
「いや、俺が……」
「あぁ~絶対つまみ食いするつもりだろ! わかってるんだからな!」
そんなやり取りを背に、アンネリーゼは次々と料理を取り出していく。
「次はパエリアよぉ~!! 熱いから気を付けてもっていって~!」
黄金色に輝く米、クラーブンのぷりっとした身、貝から溢れる旨味――。
すべてが混ざり合い、立ち昇る湯気だけで“ぐぅ~~~~”とお腹の音が鳴った。
「ひぃ……こんなの反則だろ……」
「やばい……匂いの暴力がすごすぎる……」
奥のキッチンではパスタも茹で上がり、三種のソースが次々と器に盛られていく。
漆黒の艶をまとい、海の濃い旨味が口いっぱいに広がるクラーケン墨パスタ。
大ぶりの海老や貝がごろっと入った海鮮トマトは、スープの旨味が麺にしっかり染み込んでいる。
カリッと焼けたベーコンに濃厚チーズがとろりと溶けるトマトパスタは、湯気だけでも腹が鳴るほど。
三皿それぞれから漂う香りが混ざり合い、もはや空気そのものが“美味しい匂い”になっていた。
アンネリーゼが作った料理は次々とテーブルへ運ばれ、席についた皆ははやる気持ちを抑えきれず、そわそわと指先を揺らしている。
その光景に、アンネリーゼは思わず微笑んだ。
(こんなに待っていてくれてたなんて……本当に、私は幸せ者ね)
そう思いながら、両手を胸の前で組み、静かに祈りを捧げる。
「昼の女神エメラール様。今日という日が無事に終えられたことを感謝いたします。
夜を守護する女神ノクスーレ様。皆が新しい朝を迎えることができますようお守りください。
豊穣の女神ケレスティナ様に感謝を。」
その穏やかな声に誘われるように、大広間にいる者たちも自然と目を閉じ、祈りを捧げはじめた。
料理の湯気が静かに舞い上がり、しばし場には、厳かで優しい空気が満ちる。
アンネリーゼはゆっくりと目を開け、皆を見回してふわりと笑った。
「……それじゃあ――いただきましょう!」
一拍置いて、神殿中に声が弾ける。
「「「「いただきまぁぁぁぁぁ~~す!!!」」」」
その瞬間――押し殺していた食欲が、一斉に解き放たれた。
それぞれ食べたいものをお皿に乗せ、一口食べる。
「……」
静かに食べる音だけが聞こえ、ごくりと飲み込んだ。
――一瞬の静寂。
その後、どっと声が沸き上がった。
「うまぁぁぁぁ~~~い!」
「うまぁぁぁ~~!」
「しあわせぇぇぇぇぇ~~~!」
大皿に入っていた料理を次々に装っていく仲間たち。
「うおおおっ!? ピザが熱い熱い! でもうまぁぁぁ……っ!!」
「このチーズ……伸びる! やばっ……幸せ……!」
「パエリアっ……ちょ、待って……クラーブン甘っ!? え、なにこれ……え……!」
「パスタ三種、どれからいけばいいの!? どれも匂いで殺しにきてる!!」
漆黒のクラーケン墨パスタをひと口食べた神官は、椅子ごと後ろにのけぞった。
「……濃い……うま……海の味が……口で爆発してる……!」
海鮮トマトを食べた聖女は目を潤ませ、
「貝がぷりっとして……この旨味、麺全部にしみてる……! なにこれ……反則……!」
ベーコンとチーズの濃厚パスタを頬張った誰かが、涙ぐみながら叫んだ。
「アンナのごはんがどれだけ恋しかったか……」
隣の席では、ピザを三枚重ねで食べている者まで現れた。
「やめろデブになる!!」
「今日だけはいいだろ!!」
大広間は、まるで戦場――いや、“美味しいものがあると人はこうなる”というお祭りのようだった。
そんな中、アンネリーゼは自分の皿をそっと持ち上げて、嬉しそうにひと口、ピザをかじった。
「ん~~~~っ! やっぱり……自分の作るものって最高ね!」
その笑顔に、ケルネリウスが呆れたように笑う。
「お前が一番幸せそうだな……」
「もちろんよ! 美味しいものを皆で食べるのが、一番の宴なんだから!」
大騒ぎの中、神殿は――久しぶりに本当の意味で、温かく満ちていった。
***
大広間では、まだ誰かが「肉おかわりー!」と叫び、遠くで笑い声が弾けていた。
その賑やかさの片隅で、二つの影だけが少し離れた場所に腰を下ろしている。
「ふぉっふぉっふぉ……こんな賑やかな一日は久しぶりじゃのぉ……そう思わないか? オリザールス……いや、ザイルよ。」
シルトクレーテの頭の上に乗ったザイルが、わずかに目を細めた。
宴の灯りが反射し、銀色の体毛がほのかに揺れる。
「気づいていたんですか……?」
「儂をなんだと思っておる。お前とは清子と一緒に旅をした仲じゃろうて。」
ザイルは小さく笑い、ちらりと賑わう大広間に視線を向けた。
アンネリーゼの笑顔が遠くで弾け、その光景がどこか懐かしさを呼び起こす。
「そうでしたね。あの時間は楽しかったなぁ~……」
その瞳に、一瞬だけ旅の日々の情景が映り込む。
「清子の料理は本当に刺激的でしたからね。
勿論おいしい料理の方が多かったですが……。」
「ぞうじゃのぉ~……あ奴はゲテモノを作っては『新しい味よ』とか言っていたくらいだったしのぉ……」
ザイルは喉を鳴らして笑った。
目の前でアンネリーゼが振る舞う料理とは違う意味で、あの旅の料理は強烈だった。
「えぇ~……でも毎日楽しかったですよ。料理にも負けないくらい刺激でした。」
騒がしいはずの大広間も、二人の周りでは心地よい静けさに包まれていた。
皆が笑う光景を見ながらザイルが目を細める。
「今夜のこの光景は……あの旅の続きみたいですね」
「そうじゃの。過去はもう戻らんが――こうして新しい“賑やかさ”が生まれるのを見るのは、悪くない」
柔らかな灯りが二人を照らし、ザイルの頭にある稲穂がきれいな黄金色に光った。
彼は静かにうなずく。
「……守らなくちゃいけませんね。この人たちの、笑顔と、未来を」
「お前の役目はそんなところかの?」
「えぇ、僕なりにできることを。それに、こうなってしまったのは僕たちの責任でもありますから。」
シルトクレーテは大きく息を吸い、ゆっくり鼻から吐いた。
「お前の責任ではないさ。これはあのころ生きていた全員の責任じゃ。」
「そう言ってもらえると少しばかり肩の荷が下りるってものです。
でもそろそろ限界でしょう……」
ザイルがそっと視線を遠くへ向ける。
宴の灯りとは真逆の、暗く冷たい方角――。
プロセルピナ神殿よりはるか遠く――。
ルシフェール国を見つめた。
アンネリーゼたちの楽しい笑い声とは別に、その地には、黒い靄がじわじわと立ち込めていた。
「清子がいた時を思い出しますね。」
「そうじゃのぉ~。あやつはゲテモノ喰らいだったからの……
毎日、儂らは清子の作る料理に怯えておったわい。」
「忘れられないのは、チョコにゲソピをつけてきた時でしょうか……。」
「あぁ~、そんなこともあったのぉ~。
皆が逃げ回っておったわ……ハッハッハッ。」
「あれだけは、もう食べたくないですね。」
「そうじゃのぉ~……。」
✿いつもお読みいただきありがとうございます(*.ˬ.)"
オリザールスとシルトクレーテは、まさかの知り合いでした。
いつか清子たちの旅の様子も書けたらいいですね。
アンネリーゼとはまた違った意味で、楽しそうです(笑)
三幕一章は、これにて完結となります。
二章は本日 21:10 更新予定です♪
どうぞ、お楽しみに✨




