ロックバードの唐揚げ
里帰りして数日。
ラファリエール公爵家には、少しずつ里帰りしていた聖女や神官たちが集まりはじめていた。
「リース。今日こそはロックバードの唐揚げを食べるわよ!」
帰ってきた初日に調理しようとしたが、父や兄に呼び止められ、
“この四年分”の出来事を根掘り葉掘り聞かれて日は暮れた。
翌日もその翌日も似たような状態が続き――ようやく開放されたのは、聖女たちが揃い始めた今だった。
残り一週間。
もう会えないかもしれない新人たちの顔を思い出しながら、
アンネリーゼは厨房に立った。
解体しておいてもらったロックバードを抱え、調理場へ。
料理長が駆け寄ってきて「お手伝いを」と言ってくれたのだが――
(……ありがたいけど、ちょっと人数が多すぎない?)
珍しい“聖女の調理風景”を一目見ようと、
いつの間にか厨房は料理人でぎゅうぎゅう詰めだった。
「これなら一人でやった方が早かったかもしれないわ。」
ため息をつきながらも、アンネリーゼは何もない空間に手を差し出す。
空気を裂くように――銀の光が閃いた。
包丁だ。
その瞬間、あちこちから「おぉっ」と歓声と拍手が上がる。
まな板の上に置かれたのは、
Aランク魔物・ロックバードの肉。
ほんのり赤みを帯びた肉肌は、光を受けて艶めいている。
「うはぁぁぁぁ(さすがAランクのお肉ね!!)」
思わずうっとりと見つめるアンネリーゼ。
その姿に料理人たちは一斉に胸を押さえ、バタリと倒れかける。
「(か、か、かわいい~)」
その空気をまるで気にも留めず、
アンネリーゼは包丁をすっと構えた。
「んふふ~ロックバードちゃぁぁ~ん! やっと会えまちたねぇ~。
これからおいちーい唐揚げに大変身させてあげまちゅからねぇぇぇ!!」
リズムよく包丁がまな板を叩く。
とん、とん、とん――。
肉が一口大に切り分けられるたびに、
断面からじわりと光沢のある肉汁が滲み出ていく。
切り終えた肉は、まるで喜んでいるかのように艶やかで、
生きているみたいに瑞々しく輝いていた。
「お、おい、肉の色がさっきよりも綺麗になってるぞ……!」
「うむ、弾力も増してる。愛情の力、恐るべし……。」
「俺たちも……明日から食材に話しかけてみようか。」
――翌日以降、厨房では屈強な料理人たちが
「よちよち~」と赤ちゃん言葉で食材をあやす光景が見られたという。
***
包丁を洗って片付けると、今度はアンネリーゼよりも大きなボウルを取り出す。
「よーし、ここからが本番ね。」
ロックバードの肉をボウルへ入れ、
香り高い酒をざっと回しかける。
醤油、すりおろしニンニクと生姜。
隠し味に砂糖をひとつまみ。
そして仕上げに塩麹を――。
「うふふっ、塩麹は絶対外せないのよねぇ。」
手で揉み込むたび、
肉の繊維がふんわりと柔らかく沈み、
空気に甘辛い香りが漂っていく。
「いい香りだ……。」
料理人たちはうっとりと目を閉じる。
まるで香りだけで飯が食えるかのようだった。
だが、アンネリーゼは満足げに頷くと、また詠唱を始める。
「――業務用冷蔵庫!」
ドンッ! と音を立て、目の前に現れたのは金属の扉。
「また出た……!」
「これが、聖女スキル……?」
調味料や食材を完璧な状態で保存し、
時間の流れすら変えられる冷蔵庫――。
しかし使い道は料理限定という、
アンネリーゼらしい全力の無駄遣いである。
「漬けてる間に、付け合わせを作るわよ!」
彼女はキャベツを刻み、ポテトを潰し、
即興でマヨネーズを混ぜ合わせていく。
ナスを揚げ浸しにし、
出汁の香りが立ちのぼる頃――。
「さて……そろそろ揚げ時ね。」
***
中華鍋にたっぷりの油を注ぎ、
火をつける。
パチパチ……。
静かな音が弾け、やがて熱気が漂う。
「この音、この香り……いい感じ!」
下味をつけたロックバードの肉に片栗粉をまぶし、
油へと投下。
ジュワァァァァ――!
黄金の泡が立ち上り、香ばしい香りが弾ける。
弾む油の音が、まるで舞踏会のリズムのように軽やかに響く。
「ふふっ……この瞬間が一番好きなのよね。
まるで油が喜びの舞を踊ってるみたいで。」
油が落ち着き、音が静かになったら一度取り出し、
再び強火で二度揚げ。
「サクッと軽い衣にするには、これがコツよ♪」
揚げたてを一つつまみ、
ふうふうと息を吹きかけてから口へ。
サクッ。
衣が砕ける音と同時に、
じゅわっと溢れる肉汁が舌を包み込む。
「んふっ……んふふ……っふふふふふ!!」
さすがAランク魔物。
後味は驚くほど軽く、醤油とニンニクの風味が見事に調和している。
「リース! 味見する? 早く食べないと全部なくなっちゃうわよ!」
誘われるままに口へ運ぶと、ケルネリウスの目が見開いた。
「う……うまい……。」
その表情に釣られた料理人たちも次々と手を伸ばす。
次の瞬間、厨房が一斉に奇妙な笑い声に包まれた。
「「「「んふ……んふふ……んふふふふふ!!!」」」」
――そして、最後は全員が揃って叫んだ。
「んまぁーい!!!」
こうしてロックバードの唐揚げは、
瞬く間に完売。
皿もボウルも空っぽで、
厨房には幸福な香りだけが残ったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ついに待ちに待ったロックバードの唐揚げが食べられましたぁ♪
次回はロックバードのプリン。
アンナのお腹はまだまだいっぱいにはなりません。
そしてそれ以外にも何やら事件の予感が…。
明日8:10更新予定です♪
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