【閑話】アンネリーゼの深夜ご飯 〜リンゴ魔物の逆襲〜
ドサッ――。
「んふふ……これを使って今日はアップルパイもどきを……ふふ。今から楽しみだわ!」
月が真上に登るころ――。
厨房では、リンゴの形をした魔物を手に不気味に笑うアンネリーゼの姿があった。
ことの発端は、日が出始めたばかりの朝まで遡る――。
シルトクレーテが腐敗の地バックースを出発し、プロセルピナ神殿へ向かい始めた直後のこと。
アンネリーゼが「もう少しバックースの周りを探索したい」と言い出したのだ。
「後から追いかけるから、一生のお願い!ねっ?」
「ダメと言ったら?」
「もう一生口きかないわ!」
ケルネリウスの前で両手を合わせ、頭を深く下げるアンネリーゼ。
この光景を何度見たことか……周りにいたクロエたちも小さくため息を吐いた。
「これは……ケルネリウス様が負けるに一票ね……」
「そ、そうね。アンナ様の勝ちだわ……」
「私もケルネリウス様の負けに一票!」
「えぇ~それじゃあ賭けにならないじゃないの。」
そんな囁きをよそに、ケルネリウスは眉間を押さえながら深い深いため息をついた。
「……はぁ。絶対に危険な場所へは行くな。何かあったらすぐ呼べ。いいな?」
「「「あ、負けた……」」」
予想通りの結末に、クロエやティアナたちはボソッと突っ込む。
しかしそんなこと露知らず、アンネリーゼは満面の笑みで返した。
「任せて!すぐ戻るわ!」
アンネリーゼは嬉しそうに駆け出し、ケルネリウスは頭を抱えた。
「……あれはすぐには戻ってこないぞ?」
その言葉に、ラケルがふよふよと飛びながら呆れた声を出す。
「わかっている。アンナのことだから心配はないだろうが……」
「心配していないが、面倒なことになりかねない、そんな顔だな?」
ケルネリウスの表情は今にも雨が降り出しそうなどんより顔だった。
「いや、今回はもっと嫌な予感がする。」
その言葉に、話を聞いていたクロエたちも背筋に寒気を覚える。
そして――ケルネリウスの予感は見事に的中した。
まさか数時間後、“アップルパイもどき事件”に巻き込まれるとは、誰一人として思っていなかったのだ。
***
「やった~!久しぶりに森を探索できるわね~。しかも、うるさいリースもいないし!」
アンネリーゼは楽しそうに木々から木々へぴょんぴょん飛び回る。
姿はほぼ猿である。
しばらく森の中を駆け回っていると――ふと、視界の隅に赤いものが入った。
木の根元にぽとんと落ちていた、つやつや真っ赤なリンゴ……のような形をした魔物。
「きゃっ、かわいい……!リンゴみたいじゃない?いい匂いもするし、これは絶対おいしいパイになるわ!」
手に取った瞬間、リンゴ魔物は小さく震えた。
(ピィ……)
「鳴いた!?かわいい――じゃなくて、これは絶対レア食材よ!しかも一体じゃない?何体もいるじゃない!」
攻撃性もなさそうなリンゴ魔物たちを数個手に取り、背負っていた籠の中へ次々と入れていく。
(ピィ…)(ピィ…)
しばらくはピィピィ鳴いていたが、いつの間にか鳴き止み、静かになった。
「あら、かわいかったのに。静かになっちゃったのね。」
最後の一体を籠の上へ置き、
アンネリーゼはそれを背負ってスキップしながら来た道を戻っていった。
***
月光の差し込む厨房で、
アンネリーゼはまな板の上に“リンゴ魔物”をそっと置き、
うっとりした表情で呟いた。
「んふふ……今日は特別なアップルパイもどきを作るわ……。
あなたには、パイの主役になってもらうからねぇ……」
「ピィ…」
最後の悪あがきのように一声鳴くと、調理準備が始まった。
「おい……止めなくていいのか?」
「いや、無理だろう。あぁなったアンナを誰が止められるというんだ?」
すでにアンネリーゼは完全に“料理人モード”だ。
右手にはきらりと光る包丁、
口元にはうっすら涎、
背中からは“職人の気迫”と“狂気”の入り混じったオーラが漂っていた。
「た、確かに……そうだな」
ラケルは「我は何も見ていないぞ……」と呟きながらケルネリウスの背後に隠れる。
アンネリーゼは包丁をくるっと回し、まな板の前に立つ。
「さて……まずは皮を剥いて、煮て……砂糖とバターで炒めれば……
ふふふっ、絶対おいしいアップルパイもどきになるはず……!」
「ピィ……ピィィ……」
魔物は必死に震えている。
ラケルが小声で訴える。
「なぁ、ケルネリウス……あの魔物、明らかに怯えているんだが……?」
「そりゃそうだろう。アンナに捕まったら最後だ」
「いや、アンナもどうかと思うんだが……!」
ケルネリウスは深くため息を吐いた。
「……まあ、アンナの料理が“食用かどうか”は、今回も我々が判断するしかないな」
「つまり……試食役は……?」
「もちろんアンナだ」
「それが唯一の救いだ……!」
アンネリーゼはそんな二人の会話など一切気づかず、
目を輝かせていた。
「さぁ〜〜〜て! アップルパイもどき、第一号ぉぉぉ!!」
パイ生地にカスタード、りんごのコンポートを重ね、
生地で蓋をして卵液を塗り、窯へ投入。
さらにジャム、タルトなども楽しそうに作っていく。
しばらくすると、
焼き上がった甘い香りが厨房中に広がった。
その匂いに釣られてクロエたちも厨房へやってくる。
「アンナ様……こんな時間に料理ですか……?」
「とてもおいしそうな匂いが……」
「お腹が鳴りっぱなしよ……」
アンネリーゼはにっこり笑い、全員を招き入れた。
「あら、あなたたちも来たの? ふふ、一緒に食べましょう?」
これ以上ない“良い笑顔”を浮かべている。
「い、いただきます……!」
クロエが恐る恐る前へ出る。
その言葉を合図に、他の皆も続いた。
「あら、リースたちは食べないの……?」
「いや、俺は遠慮しておくよ」
「わ、我もだ……夕飯がまだ残っていてな……」
二人の態度にアンネリーゼはきょとん。
しかしすぐ首を傾げて一言。
「食べないならいいけど……」
そして自分の分を取り分け――
「いただきま〜す!!」
パクッ。
次の瞬間――
「「「「にっがぁぁぁぁぁ〜!!!」」」」
全員が一斉に顔をしかめた。
「に、にがっ……な、なにこれ……?」
アンネリーゼは涙目で舌を押さえる。
クロエは眉をひくつかせ、
「アンナ様……これ……すっぱいというより、“腐った味”が……」
ティアナは顔面蒼白。
「わたし……人生で初めて“味に殺される”って感覚を知ったわ……」
ミレイユも震えながら呟く。
「アンナ……これ、本当にパイ……? 呪われてない……?」
(ピィ……)
まな板上のリンゴ魔物だけが誇らしげに鳴いた。
ラケルは呻くようにケルネリウスへ。
「な、なぁリース……これは本当に料理か……?」
ケルネリウスは無言でパイを見下ろし、淡々と言い放った。
「……アンナ。これは料理ではない」
「えっ!?」
アンネリーゼは固まる。
ケルネリウスは続けた。
「バックースの食材は、浄化すると“瘴気が抜けすぎて”腐敗が一気に進む。毒と同じになる」
パイを軽くつつきながらため息を漏らす。
「お前……まさか、それを忘れて調理したのか?」
「え……?だ、だって普通のリンゴ魔物に見えたし……!」
ラケルが慌てて補足する。
「アンナ!あそこは瘴気で生きてる土地だぞ!
浄化したら死ぬに決まってるだろう!」
アンネリーゼの表情がサッと青ざめる。
「……あっ」
ケルネリウスが額を押さえた。
「気づくのが遅い」
クロエがぽつり。
「アンナ様……もしかして……途中で鳴き止んだ時から腐敗が進んでいたのでは……」
ティアナはさらに青ざめる。
「……あの鳴き声、瘴気抜けの合図だったのかも……」
アンネリーゼはガーンと崩れ落ちた。
「わ、私の……アップルパイがぁぁ……!」
ミレイユが優しく肩を叩く。
「アンナ……料理も失敗して強くなるのよ……」
「ピィ……ピィ……」
誇らしげな魔物の声が響く。
ケルネリウスはまとめるように言った。
「今回の結論――
バックース食材は“浄化してはいけない”。
さもなくば、味が地獄になる」
アンネリーゼは涙目で叫ぶ。
「次は絶対成功させてやるんだからぁぁぁ!!」
クロエたちは全員そろって即答した。
「「「次は普通のリンゴで作ってください!!!」」」
ラケルは遠い目で呟く。
「……我は今日ほど、“調理前の魔物確認が大事だ”と思い知らされた日はない……」
こうして――
“アップルパイもどき事件”は、アンネリーゼの大敗で幕を閉じたのだった。
***
✦神殿食材記録:バックース産リンゴ魔物
記録者:ケルネリウス
■分類
瘴気依存型植物魔物
危険度:低(ただし調理時は中〜高)
特性:瘴気を糧とするため、浄化によって状態が悪化する
■外見
・一般的なリンゴと極めて近い見た目を持つ。
・香りも良く、初見では食材として優秀に思える。
・小さく震えたり鳴くため、アンナのような者には“可愛い魔物”に見えるらしい。
(※その判断基準は理解できない。)
■生態
・バックース周辺の瘴気を吸い込み、それを栄養としている。
・ゆえに、瘴気を抜かれると生命活動が一気に不安定化し、味の劣化が急速に進む。
・攻撃性はなく、転がるだけの魔物。調理難度と危険度が釣り合っていない。
■調理時の問題点
最大の誤りは、浄化を行ったことだ。
浄化魔法により以下の変化が起こる。
・瘴気が完全に抜け落ち、果実内部の魔素バランスが崩壊
・甘味が消失
・酸味と苦味が暴走
・腐敗味が一気に表面化する
結果として、
“食べ物と呼ぶことが失礼な代物”に変化する。
(今回アンナが作ったアップルパイがその典型例である。)
■実食結果
【全員】
・著しい苦味
・強烈な腐敗臭
・精神的ショック
・「味に殺される感覚」を共有
【アンナ】
・自らの失敗に気づくのが遅い
・号泣
【リンゴ魔物】
・なぜか誇らしげに鳴いた
■安全な調理法(推奨)
・浄化を絶対に行わないこと。
・瘴気が抜ける前の“採れたて直後”に処理する。
・魔力を持つ者が素手で触りすぎるのも劣化を招くため注意。
・調理担当者は、アンナ以外を推奨する。
(※アンナが扱うと、楽しさが上回り観察が疎かになるため。)
■総評
今回の件は、バックース産食材の特性を理解しないまま調理したことによる失敗である。
瘴気で生きるものに浄化は毒となる。
これは常識だ。
二度と同じ間違いを起こさぬよう、
アンナには“食材の性質を調べる習慣”を身につけてもらいたい。
以上。
「くぅ~おいしいアップルパイを期待したのにぃ~。」
「残念だったな…」
「まだ残ってるし…いい方法はないかしら…」
「メメント・ムーンに歌ってもらえばいいんじゃないか。」
「あ~! その手があったわね! 今すぐ皆を起こしてこなきゃ!!」
「やめておけ…明日にしろ。」
✿いつもアンネリーゼを応援いただきありがとうございます(*.ˬ.)"
閑話は書いていると楽しくなって、つい長くなってしまいますね。
アップルパイが苦い…というのが少し気になるところですが、
次こそは成功してほしいものです♪
そして明日からいよいよ第三幕開始となります!
8:10 更新予定です。
どうぞ、お楽しみに✨




