王都崩壊の兆し、そして新たな土地へ。
「父上。ただいま戻りました。」
アンネリーゼたちがウルカヌス火山で、おいしいトカゲ料理を堪能している頃――
イアンは静かな石畳の道を抜け、ラファリエール領の屋敷へと帰還していた。
「あぁ、無事に帰ってこれて何よりだ。それで……アンナはどうだった?」
出迎えたダミアンは、安堵を隠さない柔らかな声で尋ねる。
「元気に魔物を討伐していましたよ。本当に……生き生きとして。王都にいた頃は抑えていた分、その鬱憤を晴らすようでした。」
遠い目で語るイアン。その横顔を見て、ダミアンはふっと笑った。
「そうか。アンナらしいな。本当に……リーゼロッテにそっくりだよ。」
手元の額縁へ視線を落とす。
亡き妻の笑顔と重ねるように、どこか寂しげに目を伏せた。
その空気を変えるように、イアンが話を続ける。
「そうそう、それと……伝説のシルクトレーテ様にもお会いしました。なんと、一緒に旅をすると言って、ネプリヌス海をぷかぷか浮きながら進んでいきました。」
アンネリーゼたちが向かった火山の方角へ目をやり、イアンはぽつりと漏らした。
「できれば一緒に行きたかったな……」
その小さな呟きに、ダミアンは静かに目を閉じる。
「すまないな、イアン。お前には酷なことを任せてしまって。」
「ルシフェール国は、もう限界でしょう?」
イアンが示した先。
道は避難民で埋まり、幼い子が泣きながら母の手を引いている。
荷車の軋む音が、国の崩壊を静かに告げていた。
「……すべて、前世の私が蒔いたものの結果です。避けられないのでしょう。」
ラファリエール領が独立を宣言してから、人々は雪崩のように押し寄せていた。
ふと王都の空を見上げれば――
黒い雲が渦を巻き、どこか遠くで雷鳴が響く。
「そうだが……あれは“前世”の話で、お前自身には何の罪もない。それに……この事態を招いたのは、動かなかった我々“大人”の責任でもある。」
ダミアンの瞳には、はっきりとした決意が宿っていた。
「各地に散らばっている神官と聖女達にラファリエールへ戻るよう伝えてくれ。貴族たちにもだ。」
「わかりました、父上。」
イアンは深く頷き、屋敷をあとにした。
***
王都の空気は、朝から湿りつくように重く、人々の胸をじわりと押し潰していた。
街路の石畳には黒い靄が流れ込み、遠くの王城を中心に、空が不気味に赤黒く染まり始めている。
その中心に――エルネストがいた。
「フハハハハハ……早く人を集めて来いと言っているだろうがぁぁぁ!!
来なければ……皆殺しにするぞぉぉぉ!!!」
怒号が空気を震わせ、周囲の建物の窓ガラスが小さく鳴る。
「「「は、はい!!」」」
兵士たちは顔を引きつらせながら後ずさった。
エルネストの頭には角がうっすらと伸び、瞳は血のように濁った赤へと変わっていく。
その人ならざる気配は、誰の目にも“魔人化”が始まっていると告げていた。
「おい、あれはまずいんじゃないか……」
「……魔人なんて見たことないが……あれは、そういうやつだろう……」
「アンネリーゼ様が“災厄”だなんて言ってたけど……」
「「「今どう見ても殿下のほうがラスボスじゃないか……」」」
囁きは恐怖とともに広がった。
気取られぬように一歩、また一歩と下がった兵士たちだったが――
エルネストのぎろりとした視線が、その一瞬の動きを射抜く。
「お前ら……今、逃げようとしタだろウ……?」
「ひっ……い、いえ……人を集めに行こうと……」
震える声に、エルネストは喉の奥で笑った。
「ふム……そウカ……なラバ、早く行ケ。」
声が、さっきと違う。
深く、濁り、何か別の存在が混じったように響く。
兵士たちは目を合わせまいとしながら敬礼し、足音を殺して離れ始める。
背中には、刺すような悪意がずっと張り付いていた。
「……なぁ、今の……声……」
「言うな……聞いてるぞ……あれはもう……人間じゃない……」
その一言が出た瞬間、兵たちの歩幅はわずかに速まった。
心臓の鼓動が、耳の奥でごうん、ごうんと鳴り響く。
自分の身体だけが別の世界へ置き去りにされたようだった。
(に、逃げられるのか……?)
門まで行ければ――そんな淡い期待が脳裏をよぎる。
しかし誰も答えられなかった。
全員、喉が渇いて声が出ない。
次の瞬間。
甲冑の擦れる音が重なり、兵士全員が一斉に駆け出した。
「門へ! 門を開けろ!!」
走る。
転びそうになりながらも、とにかく走った。
それは、ただ“生きたい”という本能の叫びだった。
「逃ゲるナァァァァ!!!!」
咆哮が王都に響き渡る。
空気が震え、背中に冷たい汗が流れた。
振り返らずともわかる。
エルネストが追ってきている。
「ひぃっ……だめだ……来てる……!」
「門まで……あと……!」
だが――
門の外にも黒い霧が立ち込めていた。
逃げ道は、もうどこにもない。
「なぁ……これ、終わりじゃないか……?」
「“災厄”って、アンネリーゼ様じゃなくて……」
「「「“王族そのもの”だったんじゃ……」」」
その時。
王城に、巨大な雷が落ちた。
城壁が光に包まれ、雷鳴が王都全体を震わせる。
その音は、祈りも希望もすべて断ち切るように王城へ落ちた。
***
その頃――同じ空の下で。
アンネリーゼは、そんなこととは露知らず、
地図を広げていた。
「次は……ここよ! もうすぐ私も成人だし……お酒を造りましょう~!!」
そう言って地図を指し示すと、そこには――
《果樹園の地・バックース》と記されていた。
「果樹園の地……って……」
「あぁ……果樹園自体は問題ないが……」
「……わかるぞ。嫌な予感しかない……」
「ふふふ、大丈夫!大丈夫!!」
「お前がそういう時は絶対大丈夫じゃないと思うんだが…。」
「俺、シルトクレーテで留守番で…」
「私も…出来ればそうしたいところね…」
シルクトレーテの背に乗り、風を受けながら次の地の方角を見つめるアンネリーゼ。
その瞳は、まだ知らぬ“腐敗の果実”へと向けられていた。
「さぁ~次の地に向けて出発よ~!!」
「アンナ達は今頃どこにいるんだろうな。」
「アンナのことですし、笑顔で包丁振り回してるんじゃないですかね?」
「……怪我してなきゃいいが…」
「大丈夫ですよ! アンナですから…」
「そうだな…アンナだからな…」
✿いつもアンネリーゼを応援いただきありがとうございます(*.ˬ.)"
二幕最終章が始まりました。
久しぶりの王都ですが、どこか不穏な空気が流れていますね…。
とはいえアンネリーゼは気にも留めず、旅と食を全力で満喫中です♪
次回 21:10 更新予定です♪
どうぞ、お楽しみに✨




