マグマの泉に眠る魂と、新たな家族
「ふぅ~。おいしかったぁ…」
持っていた食器を置くと、アンネリーゼは満足げにお腹をさすった。
先ほどまで戦っていたとは思えないほど、穏やかな時間。
満腹になったせいか、マグマの泉の熱もどこか優しく感じられる。
空になった皿を見つめ、ふぅっと小さく息を吐くと、アンネリーゼは空を見上げた。
「……ごちそうさまでした」
その声は、戦いの終わりと、ここに眠る者たちへの鎮魂。
そして、新たな始まりを告げる鐘のように、静かに響いた。
アンネリーゼはほんの一瞬だけ、まぶたを閉じる。
まるでこれからの旅の無事を祈るように…
だが、すぐに表情はいつもの彼女へ戻る。
***
「さっ、お腹も満たされたし、帰りましょ!!」
しんみりした空気を吹き飛ばすように、ポンッと手を叩いて立ち上がるアンネリーゼ。
それに合わせて、ケルネリウスもゆっくりと立ち上がる。
「はぁ……帰る場所があるのは、良いものだな」
独り言のようなその一言は、アンネリーゼの耳にも届いていた。
彼女はふと彼の方を見て、クスッと笑う。
「な、なんだ……?」
自分が口に出していたことに気づいていないのか、ケルネリウスは首を傾げた。
「ううん。なんでもなーい!」
アンネリーゼは首を横に振ると、出口に向かって歩き出す。
ここに来て、すでに二週間近く。
ケルネリウスもまた、いつからか――
共に旅する者たちを、仲間や家族と感じるようになっていた。
「帰りも、スモークバットの群れがいると思うから、勝負しましょ?」
「いや……お前、さっきドラゴンを倒したばかりじゃないか。まだ戦う気か?」
「それとこれとは別よ!
それにスモークバットがいれば……スモークチキンに、スモークベーコン、スモークチーズに……ふふふ、料理の幅が広がるのよ?」
どこまで行っても“食”のことしか考えていないアンネリーゼを見て、ケルネリウスも思わずフッと笑い、彼女の頭を軽く撫でる。
「そうか……それは、持って帰った方がいいな」
その顔は、今まで見てきた中で――一番いい笑顔だった。
ふたりの間に、戦いの前とは違う空気が流れる。
「さぁ、帰りましょ!」
そしてふたりは、マグマの熱がゆらめく洞窟をあとにしようと歩き出す。
その瞬間――
「おい、ちょっと待てぇぇぇぇ!!」
これまでの雰囲気をぶち壊すような大声が、洞窟に響き渡った。
「お前ら!
なんかいい雰囲気で『はい、終わり!』みたいな空気出してるが、我を置いていく気か!?」
声の主は、イグナ・ヴァルスの分身体だった。
アンネリーゼはちらりと彼を一瞥すると、何事もなかったかのように前を向いて歩き出す。
ケルネリウスも同じように、無言で歩き出した。
「おい! 待てと言っておろうが!!」
その声はマグマの泉のなかで木霊し、洞窟の壁に反響する。
と、次の瞬間――
アンネリーゼはくるりと振り返り、イグナ・ヴァルスの首をガシッと掴んだ。
顔をぐいっと近づけて、怒りの笑顔を浮かべる。
「うっるさいわねぇぇぇ!!
せっかくいい雰囲気で終わったのに、あなたのせいで全部台無しじゃない!!」
アンネリーゼが怒鳴りつけると、イグナ・ヴァルスの分身体はぷるぷると震えながら、聞き取れるか聞き取れないかの小さな声で呟いた。
「わ、我を……一人にしないでくれ……」
その言葉に、アンネリーゼとケルネリウスは顔を見合わせる。
そして――にやぁ~っと、いやらしい笑顔で笑った。
「え? 今なんて言ったの? 私には聞こえなかったわね~。リースには聞こえた?」
「いやぁ~……俺にも聞こえなかったなぁ~……」
ふたりは同時に、首を傾げながら言った。
「「……で?」」
「なんて言ったんだ?」「なんて言ったの?」
イグナ・ヴァルスの分身体は、顔を真っ赤にして叫んだ。
「我を置いていくなと言ってるのだぁぁぁ!!」
…
その声を聞いて、アンネリーゼはふぅっと小さくため息をついた。
「はぁ……いつ言うのか、ずっと待ってたけど。やっと言ったわね」
彼女は、なんとなくイグナ・ヴァルスが“一緒にいたい”と思っていることに気づいていた。
シルトクレーテと同じ、伝説級の魔物。
それでも――その気持ちは、あくまでアンネリーゼのもので。
だからこそ、彼の口からその言葉を聞きたかったのだ。
「は……?」
まさかの反応に驚いたのか、イグナ・ヴァルスはぽかんとした顔でアンネリーゼを見る。
だが、彼女はすでに歩き始めていて、背中は少しずつ遠ざかっていた。
「さぁ、帰るわよ~」
呑気なその声に、ケルネリウスはクスッと笑った。
「イグナ・ヴァルス……お前は、まんまとアンナにしてやられたってことだよ」
彼はイグナ・ヴァルスの頭を軽く小突くと、そのままアンネリーゼを追いかけて歩き出した。
初めに来た時とは違い、瘴気はなくなり綺麗になったマグマの泉。
キラキラと光り輝くマグマをみて、アンネリーゼは小さな声で呟いた。
「どうか…安らかに。おいしいご飯をありがとう…」
マグマの泉の熱が、背中を押すようにゆらめいていた。
そのとき、アンネリーゼがふと振り返って言った。
「あっ、あなたの名前。イグナ・ヴァルス……だとなんか変だから、変えちゃいましょう?」
「お、それは良いな!!」
「わ、我の名前だと!? か、かっこいい名前にしてくれよ?」
「かっこいい名前ねぇ……“とかげちゃん”でいいかと思ったんだけど」
「わぁぁぁ~それだけはやめてくれえぇぇぇぇ~~~!! 絶対だめだ!」
「いいじゃないか。今のお前にピッタリだぞ?」
ブレーティオ鉱山の中で、三人の笑い声が木霊する。
その音は、マグマの熱に溶けて、洞窟の奥へ、そして未来へと、静かに広がっていった。
「そうね……“ラケル”なんてどうかしら?」
「ラケルか……ふむ。それなら、いいだろう」
(ラテン語で“ラケルタ”=トカゲって意味なんだけど……)
(あの顔……絶対“トカゲ”って意味が含まれてるって顔してるぞ)
そんなふたりの思惑を知らず――
イグナ・ヴァルス改め、ラケルは小さな羽根をパタパタと揺らしながら、嬉しそうに空を舞っていた。
「久しぶりではないか、シルトクレーテよ!!」
「儂は会いたくなかったがのぉ~。」
「ふん、つれないではないか…。それにしてもアンナとかいうやつ、キヨコそっくりではないか!?」
「ふむ…清子よりも……お転婆じゃぞ。
お主も食べられないように精々気をつけることじゃのぉ……ふぉっふぉっふぉ。」
「……そ、それは……き、気をつけておこう……(あ奴ならやりかねん…)」
✿いつもお読みいただきありがとうございます(*.ˬ.)"
火山編、ここで完結となります!
まさかのイグナ・ヴァルスが仲間入りし、一行はさらに賑やかに✨
次回は、いよいよ 新たな目的地 へ…!?
どこに向かうのか、どうぞご期待ください♪
明日 8:10 更新予定です♪
お楽しみに✨




