フレア・レメディアと鍛冶師の約束。
「こ、これは……一体どういうことだ……?」
ぐつぐつと音を立てて沸騰する鍋の中。
アンネリーゼは何も言わず、ひたすらオタマで鍋をグルグルとかき混ぜていた。
その姿は――聖女というよりも、危ない薬を煮込んでいる魔女のようだ。
イグナ・ヴァルスとシモンが恐る恐る鍋の中を覗き込むと、そこにはルミナイト・オリハルコンが、まるでジャガイモでも茹でるかのようにゴロゴロと沈んでいた。
「ん? これは、私の浄化スキルの一つよ?」
アンネリーゼは、「何言ってるの? 見ればわかるでしょ?」とでも言いたげな表情を浮かべている。
(いや……それをできるのは、お前だけだからな……)
シモン越しに見ていたケルネリウスも、思わずため息を吐いた。
「浄化のスキルって……これがか?」
イグナ・ヴァルスが問いかけると、アンネリーゼは軽くうなずいて一言。
「そうよ? 何か文句ある?」
その言葉に、二人はこれ以上何を言っても無駄だと悟ったのか、黙り込んでアンネリーゼの作業を見守った。
そして――鍋をかき混ぜ始めてから、数時間後。
アンネリーゼは"スキル調理器具"でザルを取り出すと、ぐつぐつと煮立つ鍋の中から、ルミナイト・オリハルコンを一つずつ丁寧にすくい上げていく。
「はい! できた!」
満面の笑みで、ルミナイト・オリハルコンをイグナ・ヴァルスに手渡すアンネリーゼ。
「……え!? もう!?!?」
あまりの早さに、イグナ・ヴァルスとシモンは思わず鉱石とアンネリーゼを交互に見つめた。
だが、イグナ・ヴァルスの手にあるそれは――先ほどよりも明らかに輝きを増し、まるで内側から金色の光を放っているかのような、“浄化されたルミナイト・オリハルコン”だった。
「まぁ……普段から魔石を浄化して再利用してるからね。同じ要領でやってみただけなんだけど……正解だったみたいね!!」
さらりと、まるでレシピ通りに煮物を仕上げたかのように言うアンネリーゼ。
その無邪気な笑顔に、イグナ・ヴァルスはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
(……こいつ、本当に何者なんだ……)
アンネリーゼの行動に誰一人として突っ込む者はいなかった。
***
「ここからは、あなたの仕事でしょ? 頼んだわよ……シモン・アゼール」
ケルネリウス――いや、今はシモンに向かってザルを手渡すと、アンネリーゼはもうここに自分の役目はないとでも言うように、再び鍋の蓋を背負い、大きな中華包丁を手に持った。
『な、なぜ俺の名前を……』
「なんとなくだけど……清子さんの日記に、あなたのことが書いてあったのよ。“この地には、伝説の鍛冶職人がいる”って。だから、もしかしたらって思っただけ」
何でもないことのように軽く話すアンネリーゼの姿に、シモンは呆然と立ち尽くすしかなかった。
『……キヨコ、か』
まさかアンネリーゼの口から、かつての知己の名が出てくるとは思わなかったのだろう。
「そう…。あなたの魂の匂い……というか、気配? 清子さんに似てたもの」
驚きと同時に、シモンの胸の奥に懐かしさがじんわりと広がっていく。
「清子さんもね、あなたと同じように魔物になっていたの。ネプリヌス海に住む人たちの感情を受け止めて……ね」
アンネリーゼはふと、無心で鉱石を叩き続ける魔人の姿に目を向ける。
「きっと、あそこにいる魔人があなたの本体なんでしょ? 魔人の原理はまだ解明されていないけど……あなた自身は、もう亡くなっているみたいね。あれは恐らく、この地に住んでいた人たちの負の感情が一つにまとまったもの……なのかしら。あなたが集めたのか、それとも勝手に一つになったのかはわからないけど」
そう言って、再びシモンに目を戻すと、アンネリーゼはふわりと笑った。
「あなた、とてもいい領主だったのね。あの魔人もずっと"約束"を守るためだけにあり続けている。だからこそ、最後は、あなた自身の手で《フレア・レメディア》を完成させてちょうだい。そしてできれば……あなたの今の身体の持ち主。ケルネリウス・アスデウスに、魔人シモン・アゼール……いえ、それだとなんだか変な感じだし……」
アンネリーゼは少し首を傾げながら、言葉を探すように呟いた。
「アグニ・フォルジュ。鍛冶師としての魂。うん……ぴったりの名前! 魔人アグニ・フォルジュを倒すよう、伝えて?」
それだけ言うと、アンネリーゼは再び立ち上がり、奥の道へと向かって歩き出す。
「わ、わかった。ケルネリウス・アスデウス殿に伝えよう。彼と話せたら……だが。えっと……それで、君はどうするんだい?」
この奥には、ウルカヌス火山から流れるマグマの泉しかない。
そこは神聖な場所であると同時に――イグナ・ヴァルス本体が眠る地でもある。
アンネリーゼはニヤリと笑い、イグナ・ヴァルスのほうを振り返ると、一言。
「トカゲちゃんを倒してくるわ!!」
「と、トカゲじゃないって言っているだろ!? ドラゴンだ!!」
「いいじゃない? 別に……私にとってはトカゲなんだから。」
そう言って、イグナ・ヴァルスと軽口を言いながら軽快な足取りで奥の道へと向かう。
その姿は聖女というよりも冒険者が新しい道を見つけてワクワクしているような、そんな姿だった。
「あ、そうそう! あと一言、伝えてもらっていいかしら? “奥でおいしいトカゲちゃん料理を作って待ってるから”って。それと、“倒すまで来るなよ”って!! お願いね?」
ピクニックにでも行くような軽い足取りで奥へと進むアンネリーゼを見て、シモンは大きなため息を吐いた。
そして、ケルネリウスもまた――アンネリーゼの言葉の意味を理解し、身震いしていた。
(あ……れは……“魔人に負けたら許さねぇぞ”って意味もあるんだろうな……はぁ……俺で勝てるだろうか……)
***
――場面は再び鍛冶場へ戻る。
シモンはケルネリウスの身体のまま、鍛冶場の中を見渡した。
(懐かしいな……まさか、また鍛冶をすることになるとは……)
もともと鍛冶場として使われていただけあって、道具は一通り揃っている。
鍛冶用の道具を手に取ると、シモンは魔人アグニ・フォルジュの隣へと腰を下ろした。
「ヤくソク……」
「オれハ……イッたい……誰ダ……」
ぶつぶつと呟きながらも、
"カーン、カーン、カーン"
と鉱石を叩き続けるアグニ・フォルジュ。
その横で、伝説の鍛冶職人――シモン・アゼールが、ザルの中からルミナイト・オリハルコンを一つ取り出した。
すると――
それに呼応するように、シモンが手にした鍛冶道具が、ゆっくりと黄金色へと変化していく。
『こ、これは……』
以前見たことある光景……それは何年前だったか……清子がルミナイト・オリハルコンを持ってきたときと酷似していた。
試しに一叩きすれば、ルミナイト・オリハルコンは、まるで粘土のように姿を変えていく。
その様子を見て、シモンは思わず絶句した。
『……本当に、あの娘は“大聖女”だったんだな。キヨコそっくりだ……』
清子が訪ねてきたあの日のことを思い出しながら、シモンは丹精込めて、一つの武器を鍛え上げていく。
この瞬間、鍛冶場の熱気は消え、世界にあるのは金色の音だけだった。
『あの時は……包丁だったが……まさか、同じ要領でできるとは思っていなかった』
やがて、シモンの手には――
黄金色に輝く、浄化の剣が握られていた。
その完成を見届けると、
シモンの魂は、満足したように――
ケルネリウスの中から、静かに抜けていった。
「ケルネリウス殿……あとは、頼みましたぞ」
その声が、ケルネリウスに届いていたのかは定かではない。
だが――
ケルネリウスはゆっくりと目を開けると、短く、しかし確かな声で呟いた。
(……シモン。お前の記憶、重いな。でも……全部、受け取るぞ)
「……承知した」
✿いつもお読みいただきありがとうございます(*.ˬ.)"
アンネリーゼの浄化法は——
まさかの お鍋でぐつぐつクッキング でした…。
「まさか…石まで料理してしまうとはな…」
「あら? 石だって料理に使うことあるんだから、このくらい普通じゃない?」
「そ、そうなのか!!」
「そうよ!!」
「そうだったんだな!!」
(イグナヴァルス……お前は騙されているぞ……アンナは例外だからな……)
次回は久しぶりの アンネリーゼ、バトルクッキング!?
明日 8:10 更新予定です♪ どうぞお楽しみに✨




