マグマに沈んだ約束と焔竜の願い。
「まず、我について話をしようか。
我はこの地に住まう伝説のドラゴン──焔竜イグナ・ヴァルスという」
「……自分で“伝説のドラゴン”って名乗るの、なんか痛くないか?」
ケルネリウスが肩に座る小さなドラゴンへ、思ったことをそのまま口にすると――
「……」
イグナ・ヴァルスはじろりと睨み、無言でケルネリウスの耳に噛みついた。
「い、痛い! 噛むな! そんなことするなら、お前の頼みなんか聞かないぞ!?」
「黙れ! 我の肩書きにケチをつけるとは何事か! 耳は飾りではないと証明しただけだ!」
ケルネリウスは耳を押さえながら睨み返すが、イグナ・ヴァルスはまったく動じず尻尾を得意げに揺らしている。
「ふん……まあよい。とりあえず我の話を聞け」
威圧しているつもりらしいが、そのサイズのせいでまるで締まらない。
イグナ・ヴァルスが語り始めるのを待つと、ゆっくりと、この地で何があったのかが語られた。
「お前、“シルクトレーテ”という存在を知っているか?」
「あぁ……知っている(今いっしょに旅してるしな)」
「なら早い。セラフィエルが滅びる前、この地には“伝説の魔物”と呼ばれた存在が四体いた。その一体がシルクトレーテだ。
中には“魔物”として恐れられた者もおったが、逆に“神獣”として崇められた者もいた。地域で扱いが変わったのだ」
「へぇ……そんな話、聞いたことないな」
シルクトレーテは“聖女と世界を巡った”逸話があるが、他の三体については一切残っていない。
「まぁ当然だ。あ奴は清子と共に各地を巡ったことで名が広まったにすぎん。他の奴らも、我も……人前に出るのは極端に嫌う」
「いや、その割に俺を呼び寄せたよな?」
ケルネリウスがじと目で見ると、イグナ・ヴァルスはバツが悪そうに咳払いをした。
「こ、今回は仕方なく呼んだのだ。別に、ひ、ひとりが嫌なわけでは……断じてないぞ……!」
(あぁ……シルクトレーテの人気に嫉妬してたんだな。ほんとはずっと寂しかったんじゃないか……)
ケルネリウスはそっと小さな頭を撫でてやる。
「や、やめろ! くすぐったいだろうが!!」
怒鳴りながらも、どこか満更でもない表情のイグナ・ヴァルス。
(……わかりやすいな)
「と、とりあえずだ! お前にはこの地を救ってほしいのだ! おい、撫でるな! 話が進まん!」
マグマの煮え立つ音が響く中、ケルネリウスはドラゴンとのやりとりに夢中で、灼熱の環境にまったく気づいていない。
「あ、あぁ……すまない。それにしてもここは熱……って、マグマ!?」
「ふん。我に夢中で気づかなんだか。ここはウルカヌス火山の最下層、我の眠る地。そして、このマグマには――多くの魂が沈んでおる」
そう言った瞬間、空気が一気に重くなる。
「以前、ここで大きな戦があったことは知っておろう?」
「……ルシフェール国の話か?」
「ほう……我が眠っている間に、ルシフェールは“国”と呼ばれるようになったか……」
イグナ・ヴァルスはどれほど長く眠っていたのかわからない。
だが――あの戦火だけは消えずに残っているらしい。
「セラフィエル帝国の話は聞いたか?」
「あぁ。少しだけだが真実を聞いた。今はアンナと共に、この地を再生するため旅をしている」
アンネリーゼの名前を出すと、イグナ・ヴァルスはピクリと反応した。
「お前……あの女を好いておるのか? で、あれば……やめておけ。あ奴は“清子”と同じ匂いがする」
“清子”――またその名だ。ケルネリウスはまだ知らない。
(聖女様の名前……か?)
「一応、アンナは俺の婚約者だ。ただ形だけだがな。恋愛感情は……まあ、お互いないだろう。どちらかというと“保護者”“相棒”の方がしっくりくる」
言いながら、胸の奥が妙に落ち着かなかった。
その感情の正体に気づくには、ケルネリウスはまだ鈍感すぎた。
だが、その感覚はマグマの熱にすぐ溶けた。
「そ、そうか……ならよいのだが。ケホン。それでだな……お前には、この地に眠る魂を浄化してほしいのだ」
「浄化? 俺には無理だ。できるのはアンナの方だろ!」
「いや。ここではあの娘では無理なのだ。この地では命を終えた者はすべてマグマへ送り出される――古より続く“鎮魂の儀”だ」
アゼール領は鍛冶の町であり、炎を神聖視する土地。
ウルカヌス火山は代々領主が守ってきた聖地だった。
「ルシフェールの元領主が、ここで何をしたか知っておるか?」
「……いや」
「それはあまりにも非道な所業だった。
シモンの妻と娘、領民を人質に取り、ルミナイト・オリハルコンの武器を百本作れと迫った。期限は一週間だ」
到底作れるはずがない。
そして“できなければ人をマグマへ沈める”という狂気。
(いや、それは無理だろ…。)
あまりに無謀な内容にケルネリウスも開いた口が塞がらない。
「シモンは必死に鍛えた。だが一週間で作れるのは一本。
それを見越して、あの男は領民を一人ずつマグマへ沈めていった。そして最後には……妻と娘を…」
ケルネリウスは息を呑む。
「シモンは、負の感情を集めすぎた。あ奴は“魔人”へ変異したが、暴れはせん。ただただ“約束”――妻と娘を取り戻すことだけを願い、魂を失ったまま叩き続けておる」
重い沈黙。
その中で、ケルネリウスはゆっくりと口を開く。
「……それで、俺は何をすればいい?」
「お前には炎を浄化する武器を一本作ってほしい。あれは魔人となったシモンのための武器でもある。頼めぬか……?」
「……は? 俺に鍛冶? 冗談だろう?」
イグナ・ヴァルスはふふんと鼻を鳴らす。
「そこは我に任せよ。一度、お前の身体を“拝借”させてもらえればよい」
……拝借!?
ケルネリウスは言葉を失った。
「魔人は負の感情の集合体。魂はすでに沈んでおる。それを一時的にお前の身体へ憑依させ、武器を作らせるのだ」
「そ、そんなこと……可能なのかっ!?」
ケルネリウスは興奮で目を輝かせる。
「ふむ。我にかかれば簡単よ。なぜなら――でんっ!」
「なら、早くやってくれ!」
イグナ・ヴァルスが胸を張りかけた瞬間――
ケルネリウスは勢いよく遮ると無意識に身を乗り出した。
その表情は、まるでアンネリーゼが獲物を見つけたときそのものだった。
「お前…本当にドラゴンなのか…?」
「失礼な! どっからどう見たってドラゴンであろうが!!
ほら…フゥ…フゥ…見てみろ! 炎だって吹けるのだぞ!」
「……いや、それ炎っていうより……マッチの火じゃないか…。」
「そ、そんなことないぞ!! フゥ…フゥ…!」
「…………。」
✿いつもお読みいただきありがとうございます(*.ˬ.)"
今回は、ケルネリウスとイグナ・ヴァルスの回でした。
二人(?)の掛け合い、楽しんでいただけたでしょうか♪
次回は明日 8:10 更新予定です♪
どうぞ、お楽しみに✨




