伝説の鍛冶師シモン・アゼール。
“カーン、カーン、カーン”
アンネリーゼたちが来たことに気づいているのか、いないのか――
目の前の男は、ただひたすら石を叩き続けていた。
その背には、無数の傷が刻まれている。
今までどれだけの死線を潜り抜けてきたのか――その痕跡が語っていた。
「あの背中……すごいな……」
ケルネリウスがぽつりと呟くと、アンネリーゼも小さくうなずく。
「……そうね……」
その瞬間――
「ナにヲ……しニ……きタ……」
石を叩く手を止めると、男は後ろを振り向くこともなく、まるで機械のような声でつぶやいた。
そこには感情というものが一切なく、ただ平坦で不気味な響きだけが残る。
二人は思わず息を飲んだが――
ここで引き下がるわけにもいかない。
アンネリーゼは意を決し、口を開いた。
「あなたは……伝説の鍛冶師、シモン・アゼール様ではありませんか?」
「…………」
“カーン、カーン、カーン”
返事はなく、男は再び石を叩き始める。
シモン・アゼール――
それは清子の日記に記されていた鍛冶師の名。
かつてこの地は領主アゼールの治める鍛冶の町だった。
その中でも“伝説の鍛冶師”として語られていたのが、領主シモン・アゼールである。
日記に外見こそ詳しくは書かれていなかったが――
相棒である炎の絶えない馬を従え、洞窟奥のマグマを使いながら武器を鍛える姿は、まるで鬼のようだったと言う。
それでも、その職人姿は“かっこよかった”とも記されていた。
そして今――
目の前で石を叩き続ける男は、その記述とまるで同じだった。
「……オれハ……ワカらなイ……」
「タタく……タタかなけレバ……」
アンネリーゼの問いにも答えず、ただ石を叩き続ける。
男の周囲には、数頭の馬が寄り添うように立っていた。
まるで彼を守るように、静かに、しかし確かに存在している。
「リース……あの人、もしかして……?」
「あぁ……記憶を失っているのかもしれない。それに、あれを見ろ……」
ケルネリウスが、男の頭に生えた“角”を指さす。
角を持つ者――
それは“魔人落ち”した者だけ。
古い文献にしか存在しないはずの魔人。
本物を見た者は、誰もいなかった。
「そう……魔人落ちね。(魔人ということは……オリザールスに似てたりするのかしら……)」
アンネリーゼは山で稲を刈っているであろうオリザールスの姿を思い出していた。
(元気にしてるかしら……オリザールス)
――浄化が進むにつれ、オリザールスの記憶は戻っていった。
アンネリーゼは目の前の男へ問いかける。
「あなたは、どうして鉱石を叩き続けているの?」
「約ソクしタ」
「……約束?」
「約ソク……ダかラ……叩ク」
それ以上語る気はないのか、男はひたすら叩き続ける。
周囲には叩きすぎて割れた鉱石の山が積まれ、
普通なら形になっていくはずのそれは――瘴気が混じっているためか、形を成していなかった。
瘴気が男から発せられているのか、炎に混ざっているのかはわからない。
アンネリーゼは外にいた“鉱石化した人々”について尋ねる。
「あの外の人たちは誰? どうして鉱石になっているの? 割ったら戻せるの?」
その瞬間――
“ガァーン!!”
今までで一番大きな音が洞窟に響いた。
叩いていた鉱石が砕け、破片が辺りに飛び散る。
まるで怒りを鉱石へぶつけているかのように――
しかし叫びもせず、ただひたすら“叩く”という行為へ感情を押し込めているようだった。
男の動きが止まり、ゆっくりとこちらを振り返る。
「アイつラに……何カして……見ロ……。アイつラ……? だ……レだ……」
「……ウッ……オレは誰ダ……わ……ワカらナい……」
自問自答を繰り返し、壊れた機械のように言葉をループさせ始める。
「……オレハ……知ってる……気がスル……」
「でも……名が……出ナイ……顔が……浮かバナイ……」
ケルネリウスはその苦しむ姿に釘付けになり、
気づかないうちに涙を一筋こぼしていた。
「ちょ……リース? 大丈夫?」
アンネリーゼが肩に触れると、ケルネリウスは慌てて涙を拭った。
「あぁ……すまない。なんだか……あの男の苦しみが、身体に流れ込んできたんだ」
アンネリーゼの相棒として多くの魔物と戦ってきた彼だが――
こんな感情を抱いたのは初めてだった。
それは相手が“魔人”だからなのか。
あるいはアンネリーゼと共にいたことで“新たな力”が芽生えてきたのか。
ケルネリウスは男に近づき、膝をつく。
「あんたは……誰かを守ろうとしていたんじゃないのか?
その約束がどんなものかわからない。けど――
外の人たちと関係しているんだろう?
あの人たちを守るため、その“約束”を破れなかったんじゃないのか……?」
まっすぐな言葉を投げかけるケルネリウス。
その姿を見ながら、アンネリーゼは心の中でつぶやく。
(……リース。あなた、変わったわね。前はもっと一匹狼みたいだったのに……)
男はケルネリウスを見つめ――
震える手でハンマーを握りしめながらつぶやく。
「……タタケば……思い出ス……カも……」
そしてまた、炎の前に立った。
その背を見たケルネリウスは、アンネリーゼの方へと向き直り、
「……こいつらを解放してやりたい……」
と、静かに頭を下げた。
今までの彼なら考えられない姿だった。
アンネリーゼは仲間たちの変化をひしひしと感じていた。
(私の勘が間違っていなければ……この奥に“いる”はず。巨大鰻の時と同じ匂い……)
「わかったわ! できることをしてみましょう。
私の勘が正しければ……ふふ。
どこかに“おいし……じゃなかった”、マグマを瘴気で汚染してる魔物がいると思うの。
まずはそいつを倒しに行きましょう!」
涎を垂らしながら言うアンネリーゼに、
ケルネリウスは、
(……この空気を台無しにできるの、お前ぐらいだよ……)
と心の中で思うのだった。
✿いつもお読みいただきありがとうございます(*.ˬ.)"
新しいキャラが登場しましたね。
シモン・アゼールとは一体何者なのか……。
どれだけシリアスな展開でも、
それを軽〜く吹き飛ばすのがアンネリーゼ(笑)
「私の魔物ちゃんセンサーがビンビンよー!!」
「お前はどこまで行っても変わらねぇな…」
次回は明日 8:10 更新予定です♪
どうぞ、お楽しみに✨




