そうだ!!里帰りしましょう!!
第二章始まります。
(プロセルピナ神殿、ねぇ……)
北の果てにある、冬の神殿。
ルシフェール国の未開の地。
そこに建つプロセルピナ神殿は、常に瘴気に覆われた“白の荒地”として知られている。
住民はおらず、戻ってきた者はほとんどいない。
奇跡的に帰還できたとしても、その身は――もう動かぬことが多かった。
ゆえにそこへ送られるのは、老いた神官か、問題を起こした聖女ばかり。
誰もが口にする「神殿送り」の意味は、つまりそういうことだった。
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「ふふ。リース、明日から私たち、プロセルピナ神殿に異動だって。
……巻き込んでごめんね。」
先ほどまで明るかった声が、少しだけ沈む。
アンネリーゼは申し訳なさそうに笑い、そっと視線を落とした。
「まぁ、いいじゃないか。」
ケルネリウスは軽く肩をすくめる。
「楽しそうだしな。それに――プロセルピナ神殿に行けば、父上の小言も聞かずに済みそうだ。」
「……もう、そんなこと言って。」
アンネリーゼは苦笑したが、ほんの少し頬が緩んだ。
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アンネリーゼが大聖女になってから四年。
誰より明るく、誰より強い。
けれど――誰よりも、自分のせいで他人を巻き込むことを恐れる少女だった。
それを知っているケルネリウスは、彼女の頭を優しく撫でた。
(まったく……本当に素直じゃない。
でも、こうして弱音を吐けるのは、俺だけで十分だろうな。)
周囲の聖女たちもわかっている。
アンネリーゼが落ち込んだ時は、誰も声をかけず、そっと二人きりにするのが一番だと。
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「それに――」
ケルネリウスは軽く息を吐く。
「瘴気に満ちた地なんて、夢が詰まってると思わないか? 研究し放題だし、美味い魔物に出会えるかもしれない。」
「ふふ……リースらしいわね。」
その言葉にアンネリーゼは、ようやく柔らかな笑顔を見せた。
(ああ、やっぱりこの人は優しいな)
そう思いながらも――彼女の頭の中は、全く別のことでいっぱいだった。
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(ふふふ……やりたいこと、たくさんあるわ。
美味しいご飯を作って、荒地が少しずつ良くなったら……ふふ、もう想像しただけでヨダレが……)
ケルネリウスの優しさをよそに、脳内では食材とレシピが踊っている。
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やがて、思考が現実に戻ってきたのか、アンネリーゼはバッと顔を上げた。
「ありがとう、リース! おかげで元気が出たわ!
やっぱり持つべきものは相棒よね。これからも頼りにしてるから、よろしくね!」
バシッ、バシッ――。
背中を叩く音が響いた。
……が、その勢いが強すぎた。
「うおっ!?」
ケルネリウスはそのまま前のめりに倒れ、壁に額をぶつけた。
鈍い音と共に、壁にヒビが走る。
「し、しまった……勢いが……」
ケルネリウスは額を押さえながら苦笑し、血の滲むハンカチを額に当てた。
「……元気になったようで何よりだ。ただし、次は力加減を覚えてくれ。」
「は、はい……以後、気をつけます。」
二人のやり取りを見た者がいれば、きっと“いつもの光景”だと思っただろう。
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そして――
その五分後には、アンネリーゼはすっかりいつもの調子を取り戻していた。
祈りの間の前に立つと、勢いよく扉を――
ドガァンッ!!
大きな音に全員が振り向く。
「……ああ、いつものことね。」
「良かったわ、アンナに戻ってる。」
「な、何事!?」
混乱と安堵が入り交じる中、アンネリーゼは胸を張り、満面の笑みで叫んだ。
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「みんなー! 明日から一ヶ月間、里帰りするわよーっ!」
……沈黙。
そして、地鳴りのような声が返ってくる。
「「「「「「はぁ!?!?!?」」」」」
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「ふふ。こういう時くらいしか外に出られないでしょ?
プロセルピナ神殿に行ったら、もう帰れないかもしれないのよ。
だから――自分がどうしたいか、きちんと考えて欲しいの。」
その声音は、いつもの軽口とは違っていた。
一瞬だけ、皆の胸に静けさが落ちる。
「考えた上で、もし一緒に行くと思ったら――
ラファリエール領に来てちょうだい。美味しい料理を作って、待ってるから!」
笑顔のままそう言って、アンネリーゼは手を振った。
まるで遠足の誘いのような明るさだった。
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翌朝。
アウローラ大神殿の聖女と神官たちは、夜のうちに荷造りを終え、
それぞれの故郷へと帰っていった。
誰も知らなかった。
その瞬間――神殿が“もぬけの殻”になっていることを。
荒地に追放された食いしん坊聖女、今日も元気に食欲全開です。
もし「続きが気になる」「ご飯が美味しそう」と思っていただけましたら、
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次回更新予定:21:30ごろ
聖女アンネリーゼが今日も“美味しい奇跡”をお届けできますように――。




