食いしん坊聖女、お肉のためなら今日も命知らず!
「ンヴォォォォォォォーーーーーーーーーーー!!」
まるで名前を喜んでいるかのように、焔角魔牛バラモーラが咆哮を上げる。
だが、その声にはただの威嚇ではなく――
火山そのものを揺らすほどの異常な圧と殺気 が込められていた。
その咆哮は火山の空気を震わせ、地面にまで響き渡った。
周囲の岩肌がぱきぱきと音を立ててひび割れていく。
アンネリーゼが勢いよく肉たたきを振ると、バラモーラの角に命中する。
ゴォンッ!!
巨大な鐘を鳴らしたかのような、重く澄んだ音が鳴り響いた。
だが同時に、反動でアンネリーゼの足元の大地が沈む。
「ふふ…角は焔でできているかと思ったけど……燃える鉱石でできてるのね」
まるで平然と呟きながらも、アンネリーゼの頬には汗が一筋流れた。
――これほど硬い魔物は、そう多くない。
「ふふ……倒しがいがあるじゃない。さすが、私が認めただけのことはあるわね」
舌をペロリと舐めるとバラモーラに向き直った。
***
アンネリーゼがウルカヌス火山にたどり着いた頃――
ラファリエール公爵領には、ルシフェール国の民が押し寄せていた。
「ダミアン様!! ルシフェールの民が、門を破って押し寄せています!
荷車を引いた者も、赤子を抱えた者も、皆が門を叩いています!」
叫び声は切羽詰まっていた。
王都の腐敗と、辺境の防衛の崩壊が目前に迫っている気配が、ブラスの肩を震わせていた。
ノックもせずに扉を開けたのは、ダミアンの従者――ブラス・ラミエールだった。
「ブラス。そんなに慌てなくても、分かっている」
ダミアンは顔色ひとつ変えず、目の前の書類を淡々と片付けていく。
しかし、その手の動きはいつもよりわずかに早く、
彼自身も事態の深刻さを理解していることが滲んでいた。
その姿を見て、ブラスは少しずつ冷静さを取り戻していった。
イザークから手紙が届いて以来、ダミアンは何度もやり取りを重ねていた。
王族への不信感が根強い民にとって、エドワーズの言葉は“見放すに足る”ものだった。
「……あいつは仕事を放棄して、セラフィエルの地に引きこもったことにしてしまおう」
「魔物を王都に送り込んだのは、あいつだと広めればいい」
その言葉は、知人から知人へと伝わり、やがて噂となって街を覆った。
そして王都には、王家に対する恐怖と諦めの空気が広がりつつあった。
そして最後には、こう囁かれるようになった――
「ラファリエール公爵領に行けば助かる」と。
それも、ダミアンの計算のうちだった。
彼はすでに、王都に何人かの者を忍ばせていたのだ。
「……よし。これで“逃げ道”は整った。
あとは――民が、自分の目で真実を選べるかどうかだな」
ダミアンはそこで一度ペンを置き、静かに息を吐いた。
「……できれば、あいつが今回の件で少しでも“変わって”くれればいいんだがな。
王としてでも……いや、人としてでもいい。
――それすら望めないのが、今のあいつだ」
ほんの一瞬、憂いが表情をかすめたが――
すぐにそれを振り払うように、不敵な笑みを浮かべた。
「さて。情けをかけるのはここまでだ。
後は……動くべき者が動くだけだな」
***
アンネリーゼは剣を構えるように片足をぐっと後ろに引き、両手で肉たたきを握る。
ケルネリウスは、いつでもサポートに入れるように――というより、
巻き込まれないために距離を取った。
「さっ! まずは肉の硬さチェックからよ!」
アンネリーゼは叫ぶと、肩ロースめがけて大きく跳躍した。
火山の熱風を蹴り上げ、肉たたきを両手で構えたまま空中で一回転。
その勢いのまま、肉たたきを振り下ろす。
「肩ロースはね、叩きすぎると繊維が壊れるから……まずは軽く!」
ゴンッ!!
肉たたきが魔牛の肩に命中し、バラモーラの筋肉がぷるんと震え、ほんのり赤熱する。
「この弾力……それにこの脂……ノリも完璧だわ! これは塩だけで十分ね!」
一度地面に着地すると、今度はサーロインを目がけて一直線に跳躍した。
「サーロインは繊維が細かいから、叩き方にコツがいるのよ……ねっと……!」
先ほどよりも少し軽めに肉たたきを振る。
その振り方は、聖女というより職人技だった。
ケルネリウスはその姿を見て、思わず叫んだ。
「おい! お前分かってんのか!?
ここ戦場だぞ!? なんで肉の硬さチェックしてんだよ!!」
「えへへへへ……だってぇぇぇ……仕方ないじゃない……
目の前にこ~んなおいしそうなお肉があるんだものぉぉぉ~~~」
ケルネリウスは盛大にため息を吐く。
(……鉄板焼きショーの最前列かよ。なんで俺は命懸けで鑑賞席にいるんだ……)
「……もういいよ。お前が肉と会話し始めた時点で、
俺の常識は……完全に焼き切れたわ」
ケルネリウスは岩陰に腰を下ろし、火山の熱風と魔牛の咆哮の中、
跳ね回るアンネリーゼを見つめながらそっと頭を抱えた。
「んふふ。ありがとう!」
「ほめてねぇからな!? いまの絶対ほめてねぇからな!!」
アンネリーゼの言葉に即反応するケルネリウス。
今までずっと相棒として一緒にやってきた空気が、自然と滲んでいた。
それからもアンネリーゼの一方的な攻撃がバラモーラを直撃し、
全ての肉の硬さチェックを終えると、最後の仕上げとばかりに空高く飛び上がった。
「最後はやっぱり、頭よね!」
そう言うと、角の間の脳天を狙って勢いよく肉たたきを振り下ろした。
その瞬間――
脳震盪を起こしたかのように、意識を失ったバラモーラがゆっくりと倒れ込んだ。
「ン、ン、ンヴォォォォォォォ……」
バラモーラが最後の呻きを漏らしながら、ゆっくりと地面に倒れ込む。
その巨体が地を揺らし、火山の熱風が一瞬だけ静まった。
「んふふ……これで肉のチェックは完了よ! あとは皆でおいしい焼肉をするだけね!」
そう言って、アンネリーゼは自分より二回り以上も大きなバラモーラを片手で持ち上げると、
シルトクレーテの甲羅の上へと戻っていく。
「やっぱり、ご飯の前は運動第一ね!」
アンネリーゼはうっとりとしながら、聖女たちにバラモーラを見せた。
その瞳は、まるで恋する乙女のそれだった。
「んふふ……どうかしら? このお肉、脂ものってて、血色もばっちり……
んふふ……絶対においしいと思わない?」
聖女たちは一斉に息を呑み、目を輝かせる。
その姿は、まるでアンネリーゼが“感染源”となった肉眼信仰の伝播だった。
「「「「…おいしそぉ~!!」」」」
「あの弾力……絶対おいしいわよ。今日のご飯は何になるのかしら……
私だったら、お肉をそのまま楽しみたいわね」
「私も私も!! そのためには……鮮度が命。急いで解体しないとだわ!」
アンネリーゼも同じ意見なのか、持っていた肉たたきを一旦しまうと、
肉切り包丁を取り出した。
包丁も使われることが嬉しいのか、キラキラと光り輝いている。
「さっ! 今日のご飯を作っていきましょうか!」
アンネリーゼの言葉に、聖女たちも頷いて準備に取り掛かる。
…が、しかし――
そうはうまくはいかなかった。
「アンネリーゼ……?」
背後には、般若の顔をしたエリザベッタが立っていた。
アンネリーゼもそれに気づくと、すぐさま包丁をそっと置き、
「じ、冗談よ! 皆は準備を続けて頂戴?
わ、私は急いでお風呂と着替えをしてくるから!」
と叫び、すごい速度で駆けていく。
その姿は、まるで食べられまいと逃げる魔物のようだ…。
「はぁ……なんで毎回……そろそろ学習すればいいのに……」
その姿を見たエリザベッタはため息を吐き、場の空気を切り替えるように手を叩いた。
「さっ! あの子が戻ってくる前に、早く準備をしちゃいましょう!」
皆も頷くと、それぞれ調理器具を出して準備を始める。
アンネリーゼと一緒に旅を始めて数ヶ月――
何も言わなくても動くその姿は、まさに阿吽の呼吸。
プロの集まる厨房そのものだった。
「うわぁぁーん、せっかくバラモーラちゃんを手に入れたのにぃ…!」
「仕方ないだろ。っていうか、それで調理してる方が逆にやばいだろ?」
「これでも気をつけていたのよ?」
「いや、それ……鏡見てから言えよ。」
✿いつもお読みいただきありがとうございます(*.ˬ.)"
アンネリーゼがのほほんと楽しんでいる一方で、
ラファリエール公爵領や王都では不穏な気配が漂い始めていますね…。
本人は気づいているのか、いないのか……
とにかく“一目惚れしたお肉”を食べるために今日も全力です♪
次回は明日 8:10 更新予定。
どうぞお楽しみに✨




