風の導きは大正解!次のご馳走はウルカヌス火山の魔物です。
シルトクレーテの甲羅の上を、潮風が通り抜ける。
その静かな朝、祠からぼそりと声がした。
「イアンというお主の兄、泣いていたが……
よかったのか? 折角の兄妹じゃというのに」
イアンたちと別れて三日。
アンネリーゼたちはシルトクレーテに乗り、次なる目的地――
ウルカヌス火山へと向かっていた。
「いいのいいの! あれはいつものことだから。
それにイアンお兄様には別の仕事をお願いしてるし!」
「ふむ、いつものことならよいがの……」
祠の奥からシルトクレーテの声が響く。
ケルネリウスに調べてみてもらったところ、
どういう原理かは分かっていないが、
長い年月をかけてこの祠に“意識が宿った”のではないか――
ということだった。
「そうか……それならいいが。
それで、ウルカヌス火山だったか。
懐かしいのぉ。昔、清子と周ったわい」
「へぇ~…清子さんと周った地域なんて……なんだか素敵じゃない。
行ってみたら思い出すことが色々ありそうね!」
シルトクレーテは大きく波をかきわけて進む。
甲羅が揺れ、アンネリーゼはふわりとバランスを取りながら祠の隣に腰を下ろした。
清子の家からは、今朝焼いたパンの香りが風に乗って漂ってくる。
ふと空を見上げれば、澄んだ青が広がり、雲がゆっくりと流れていた。
「そういえば……三日も経つけど、この辺りは瘴気をあまり感じないわね」
アンネリーゼは海風に髪を揺らしながら周囲を見回した。
この三日間、彼女たちはシルトクレーテの甲羅から一度も降りることなく、海に揺られていた。
陸路もあるにはあるが、
ウルカヌス火山へはネプヌス海をぐるりと回るのが最短だという。
それに――
甲羅の上には清子が残した食材が山ほどあり、
アンネリーゼが倒してきた魔物たちも業務用冷蔵庫に眠っている。
そのため、外の空気を吸う必要がまったくなかったのも理由のひとつだった。
「む……言っていなかったか。
儂の上には常に結界が貼られておる。
だから瘴気は届かん」
「変化……?」
アンネリーゼは自分の腕や頬に触れる。
特に違和感はない。
強いて言えば空気が妙に軽いくらいだ。
「そういえば…
お主は清子と同じくそういうことには疎かったのぉ…」
「むっ……!」
少し不服そうに頬を膨らませると
エリザベッタがよく言っていた言葉を思い出した。
『空気がこんなにきれいで、身体が重くないのはラファリエール領以来だわ!』
「……もしかして、そういうことなのかしら?」
「……うぬ。そういうことだ」
(本当に清子に似ているのぉ……
興味のないことには無頓着。
皆で楽しく食べるごはんが好き。
違うところと言ったら……アンネリーゼは戦闘が好きだ、
ということくらいか)
そこでアンネリーゼはごろんと寝転んだ。
風の音が心地よい。
だがシルトクレーテは咎めない。
前世は日本人、価値観が違うのだ。
そのためアンネリーゼも、つい“元日本人らしい”動作が出てしまう。
「さて…あと半日もすればウルカヌス火山に着く。
そろそろ準備はいいかい?」
「えぇ…いつでも準備はできているわ!
だっておいしい魔物に出会えるんだもの!
今度はどんな子がいるのかしら?
ふふ……考えただけで、もうワクワクが止まらないわ!」
「はは……ほんに、お主は清子に似ておる。
だが、戦の匂いにここまで嬉々とするのは、アンネリーゼだけじゃのう」
そのとき、温かい風が吹き抜けた。
アンネリーゼの鼻がピクリと動く。
焦げたような、鉄が焼けるような、野生の匂い。
アンネリーゼの舌が、もう準備を始めていた。
「この匂い……絶対おいしい魔物がいるわね……!
んふふっ…これは、期待できそうだわ。」
ウルカヌス火山の熱が、微かに海底を揺らしていた。
***
その頃、王都では――
まるで別世界のような、重く湿った空気が漂っていた。
「俺…なんであんな人の側近してるんだろう…か」
「そんなこと言ったら俺だって、
貴族というだけで騎士団に入れられて…
こんなことなら神官騎士になっておけばよかったよ。
アンネリーゼ様には妹が世話になったんだ」
ラウル・パイモンは、目の前でふんぞり返るエルネストを見つめ、剣の柄に手をかけた。
だが――抜けない。
その手は震えていた。
「……あの人がいなくなってから、妹の咳がまた始まった。
あの時、アンネリーゼ様がくれたスープと祈りで、
あいつは笑顔を取り戻したんだ。
……それが“瘴気を操ってる”って言うのかよ」
アロルド・クロウセルも拳を握りしめる。
「妻が……元気だったんです。
アンネリーゼ様が王都にいた頃は。
今は咳ばかりしている。
……それでも討伐ですか」
エルネストは言葉を失う。
あの女が王族を差し置いて力を持っていた――
そう思っていた。
違う。
王族である自分が“見ようとしなかっただけ”だった。
その瞬間、騎士たちの空気が変わる。
「俺の妹も、アンネリーゼ様に救われた。……瘴気を操ってるのは、あんたの方じゃないのか?」
「神殿に一年も籠もって祈りの意味も知らずに、何が討伐だ!」
「俺たちはあの人に剣を向けるために騎士になったんじゃない!」
「レリアが聖女だと? あの女こそ本当の厄災だ!!」
怒声が石壁に響くと同時に誰かが叫んだ。
「俺は…俺はあの人に、生かされたんだ!!」
そして――
誰もが、同じ場面を思い出していた。
――大鍋をかき混ぜながら「おかわりあるよ」と微笑む姿
――子どもにスプーンを手渡して優しく見守る横顔
――どんな時でも笑顔で立ち続けた、あの小さな背中
アンネリーゼがいた頃の王都は、
確かに“息をしていた”。
今はもう――
咳だけが、王都を満たしていた。
「たまにはこういう日もいいわねぇ~」
「こういう日とはなんじゃ?」
「リースが近くにいない日ってことよ。」
「ふむ……(すぐ後ろにおるがのぉ……)」
「だってお説教ばかりなんだもの。怒ってたら早くおじいちゃんになっちゃうわよ?」
「……だったら、もう少し大人しくしていてくれないか?」
「えっ!? リ、リース!? いたのッ——タタタタッ!」
✿ここまでお読みいただきありがとうございました(*.ˬ.)"
今回はアンネリーゼとシルトクレーテ回でした。
次こそは火山へ……!
明日 8:10 更新予定。どうぞ、お楽しみに✨




