え!?誰が誰の婚約者ですか!?
「そうよ!! 私、見たの! 貴女が男の人と楽しそうに王都を歩いていた姿をね!
エルネスト王太子殿下っていう婚約者がいながら……って、え!?」
レリアは、勢いそのままに話していたが――
アンネリーゼの一言で、完全に思考が止まった。
「えっと……私、婚約者なんていなかったはずですよ?」
まるで“当たり前”のように告げるアンネリーゼ。
「え、え……?」
「だって、私が神殿入りしたのは八歳の時ですし。
十歳で大聖女になった頃には、外との縁談なんて全部なくなってましたからね。
婚約なんて、あったら父が教えてくれてたと思いますけど?」
――この国で“聖女”になると、外部との婚姻は原則禁止だ。
神に仕える身となるからだ。
つまり、婚約などあり得ない。
レリアは理解が追いつかず、口をパクパクさせている。
そのとき、エルネストが慌てて声を上げた。
「そ、そんなはずはない!! 父上も言っていた!
アンネリーゼが婚約者だと!! 証明書にもちゃんと名前がある!!」
彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、
アンネリーゼの鼻先に突き出した。
アンネリーゼは眉をひそめ、仕方なく読む。
> “エルネスト・ルシフェールとアンネリーズ・ラファリエールの婚約を認めるものとする。”
……。
………。
…………。
「――あれ? これ、私の名前間違ってますね。」
「は?」
「アンネリーゼじゃなくて、アンネリーズって書いてあります。
最後の“ゼ”が抜けてますね。」
「ぷっ……!」
隣で見ていたケルネリウスが吹き出した。
「ほんとだ。
これ、完全に別人じゃねぇか! この婚約、無効だな!」
「な、な……そんなバカな!!」
エルネストは婚約証明書をひったくり、
血眼で確認する。
だが、何度見ても――
そこにあるのは“アンネリーズ”。
「お父様がこんな初歩的な間違いをするはずありませんし。
第一、私が婚約者なら王妃教育を受けてるはずでしょう?
この“食いしん坊小娘”が王妃になれるわけないじゃないですか。」
アンネリーゼの言葉に、
その場の聖女たちはこくこくとうなずいた。
「確かに……」
「それは、ないわね……」
「ひ、ひどいっ!」
エルネストが反射的に叫ぶ。
アンネリーゼは涼しい顔で肩をすくめた。
「でも事実でしょ?」
その余裕の笑みに、
エルネストの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「い、いい加減にしろよ!!
人をバカにして……! 父上が言ってたことが間違いなわけないだろう!!」
――その言葉に、アンネリーゼの瞳が少しだけ細められる。
(……そういえばお父様が言ってたわね。
現国王は“自分の利益しか考えない男”だって。)
アンネリーゼの父、ラファリエール公爵は、
娘の未来を守るために“神殿入り”を選ばせた。
『アンネリーゼ。王太子と婚約すれば王妃になる。
けれど、それは檻の中に入るのと同じことだ。
聖女として自由に生きるか、王妃として飾られるか。選びなさい。』
その言葉に、八歳のアンネリーゼは即答した。
『聖女になります。』
――迷いなんて、なかった。
「と、とにかくだ!!」
エルネストは顔を紅潮させ、叫んだ。
「俺は浮気するような女とは結婚できん!
本日をもって――アンネリーゼ・ラファリエールとの婚約を破棄する!!」
ビリビリ――!
彼は婚約証明書を破き、
破片を天に投げた。
ヒラヒラと紙片が舞い落ちる。
「……あーあ。」
アンネリーゼは冷めた声を漏らした。
「これ、一体誰が掃除すると思ってるのかしらね……」
食堂にいた全員の心の声が、静かに重なった。
エルネスト王太子、まさかの“誤字婚約”。
アンネリーゼのツッコミが止まりません。
次回――『婚約破棄!?』では、
ついに食堂が“嵐”に巻き込まれます!
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