動く島と祠さん!?
「まずは、私たちにできることをしないとね!」
テントから出て伸びをすると、肩をぐるっと回し、首をゆっくり動かす。
テントといっても、そこまで簡易なものではなく、ドーム型の巨大なテントだ。
普通のものに比べれば疲労はたまりにくいのだが、ベッドで寝ているわけではないため、なかなか疲れは取れない。
だからこそ、早急にこの辺りを浄化し、人を迎え入れられる環境を整えておくことが大切だった。
(手紙のやり取りはできないけど……恐らくイアンお兄様がプロセルピナ神殿に行って、私が海に来たことをアレットあたりから聞いていると思うのよね)
兄妹だからなのか、お互いの動きが手に取るようにわかる二人。
さすがである。
「あなたたちは、ここで今まで通り火の番をお願い。そろそろ拠点になる場所が欲しいから、この辺りを少し探索してくるわ」
アンネリーゼはそれだけ伝えると、ケルネリウスと一緒にその場を後にした。
歩き続けること数分——。
キャンプ地からそれほど離れているわけではないが、存在感のある“それ”が目に入った。
「リース……昨日まで、あんなものあそこにあったかしら?」
指し示す方向へ目を向ければ、海の真ん中に、昨日まではなかったはずの大きな島が出来上がっている。
「……いや、なかったはずだ。少なくとも俺は見ていないぞ?」
「やっぱり……? なかったわよね」
一日であそこまで巨大な島が出来上がるだろうか……。
楕円形のような形をした大きな島と、それに連なるように小さめの丸い島。
「んふふ……まるで、亀みたいね」
「亀……って、あの物語に出てくる亀か!?」
ルシフェール国には亀は存在しない。
物語の中で亀が登場する話はあるが、実在はしておらず、見たことのある人はほとんどいなかった。むしろ伝説の魔物とまで言われるほどだ。
元々研究好きなケルネリウスは、“亀”という言葉を聞いて大興奮していた。
「そう。中央にあるのが甲羅で、それに連なる小島が頭……ね? 見えなくもないでしょ?」
目を細めて確認するケルネリウスは、「確かに……」と頷いている。
二人で島を見ていると、中央の水が突然引き、道が出来上がった。まるで「来なさい」と言われているかのようだ。
(ここって、干潮の時間があったのねぇ〜)
(ほ、本当に……こんなところを通って大丈夫なのか……!?)
軽快なステップで歩くアンネリーゼと、腰を引きながらびくつくケルネリウス。
その姿は、海岸にいる聖女たちからも丸見えで、皆笑いをこらえるのに必死だった。
***
「外の世界とは、なんだか違う雰囲気がするわね……」
島に降り立ってみると、他の荒地とは異なる空気が漂っていた。
瘴気が少ないような感覚。
完全な浄化ではないが、それに近いほど澄んでいる。
足元の土は柔らかく、風は穏やかで、どこか“生きている”ような気配すらある。
「神殿以外で、こんなに澄んだ空気の場所はラファリエール領くらいしかなかったし……。こんなに瘴気が満ちているセラフィエルの地で、ここまできれいな場所があったなんて。なんだか不思議な感覚だわ……」
「ねぇ……そう思わない?」
後ろを振り向く——
だが先ほどまでいたはずのケルネリウスの姿がない。
「えっ……と……? ケルネリウス? どこに行ったの??」
見渡しても木々ばかりで、道も消えている。
(このまま前に進むしかないわね……)
アンネリーゼが進むと、木々が勝手に避けて道を作り、通れば閉ざされていく。まるで生きているようだ。
やがて、森の奥に小さな祠が見えた。
「……え? 祠?」
西洋ファンタジー世界に似つかわしくない“祠”。
そのとき——
頭の中に声が響いた。
「ふぅ……やっと来たか」
「……えっと、私? 頭でもおかしくなったかしら?」
祠しかないのに声がする。
アンネリーゼは冷静にツッコミを入れた。
「まぁ、そんなことはどうでもよい。栗花落 杏菜よ。お主のことは以前から知っておったのだ。儂の未来予知でな……」
「えっと…あなたが私のことを知っているのはわかったわ。でも、私はあなたに興味が全くないんだけど…ここから出して貰えないかしら?」
興味がなさすぎて帰ろうとするアンネリーゼ。
祠は慌てた。
「わ、わかった! お主には……お、おいしい魔物の情報をやろう! ここに皆で住んでも構わんから儂の話を聞いてくれんか?」
「美味しい魔物!? それは海の魔物かしら?」
先ほどまでの興味のなさはどこへやら。
一瞬で目の輝きが戻る。
祠はホッとした様子で続ける。
「まず、儂は祠ではない。この島そのものだ」
「この島……? がおじいさんなの? 頭……大丈夫?」
言葉の右ストレート。
「うっ…酷いな…お主。本当に食べ物以外に興味は無いんじゃのぉ。本当にあ奴そっくりじゃて…。仕方がない…あちらを見てみよ」
アンネリーゼはなぜか逆方向を見る。
「違う違う! そちらではない、逆じゃ!!」
「分かりにくいじゃない。手とかないんだから右左ではっきり言ってくれないと…!」
むすくれて向き直ると——
「えっ……と…。なんで」
そこには、この世界では見たことのない野菜や果物がたくさん実っていた。
枝豆、大根、梅、蕪……。
失われた味への寂しさが胸に込み上げる。
「ふぉっふぉっふぉ……やっと聞く気になったようだの」
涙目で頷くとゆっくりと祠が話し出す。
「儂の名前はシルトクレーテ。この島そのものであり、海亀の魔物でもある。……と、言っても元は人間だったんだがのぉ」
「シルトクレーテって……あの?」
アンネリーゼは、シルトクレーテの名を聞いたことがあった。
というより、ルシフェール国に住むほとんどの人が、その名を知っている。
「……“あの?”が何を指すかは分からんが、海亀のシルトクレーテということであれば、恐らく儂しかおらんはずじゃのぉ…」
シルトクレーテの伝説——
それは、シルトクレーテと聖女が手を組み、国を救ったという物語。
瘴気が多く、今よりも魔物の数が圧倒的に多かった時代。
海亀に乗った聖女が現れた。
海亀の背中には、この世界では見たことのない作物がたくさん実っていて、魔物を倒すと、それらを使って料理として提供した。
魔物とは思えないほど穏やかで、知性を持ったシルトクレーテ。
そんな彼に、人々は憧れを抱いた。
しかし、聖女が亡くなった後、シルトクレーテもまた姿を消した——
それが、物語のあらすじだった。
二人の間に、静寂が流れる。
「さて、じゃぁ儂の昔話に少しばかり付き合ってくれるかのぉ?」
シルトクレーテはゆっくりと語り出した。
「大変だ!! アンナが……消えた!!」
「な、なんだって!?」
「大丈夫かしら……(また無茶してないわよね)」
「子供じゃないんだし、平気よ……多分……」
「いや、アンナだぞ……?」
「「「……(嫌な予感しかしない)」」」
✿いつもお読みいただきありがとうございます(*.ˬ.)"
次回は祠さんの“過去”に少し触れる回です。
しっとりした雰囲気もありますが、
アンネリーゼの明るさはもちろん健在!
21:10更新予定です。どうぞお楽しみに✨




