そうだ!海へいこう!!
「そろそろ海を探してくるわ!!」
アンネリーゼの声が、神殿中に響き渡った。
一年の間に、神殿の周囲には生活基盤が整い、畑も順調。
魔物の出現も減り、最近は穏やかな日々が続いている。
特に、オークエンペラーを討伐してからは、小物の魔物こそ現れるものの、
Bランク以上の魔物は姿を見せていなかった。
仮に現れたとしても、今の聖女たちなら十分に対処できる程度の脅威である。
そして何より大きかったのは──
この地に来てから、聖女や神官たちの力が以前よりも強くなっていることだった。
王都にいた頃は、修行・祈り・浄化・魔物討伐と常に忙しかった彼女たち。
「セラフィエルに来たら、もっと大変になるかも」と思っていたが、
実際にはそうではなかった。
むしろ、王都にいた頃よりも自由な時間が増え、
心も身体も穏やかに過ごせている。
そんな穏やかな日常の中──
「「「海!?」」」
突然のアンネリーゼの言葉に、聖女たちは思わず声を揃えて聞き返した。
「海……って、あの……どこまでも続いているっていう“水の世界”ですか?」
恐る恐る神官が尋ねると、アンネリーゼはこくりと頷く。
ルシフェール国には海がない。
“海”という言葉こそ知っていても、実際に見た者はいないのだ。
「本当に存在するんですか……?」
「幻だって聞いたことありますけど……」
そんな声が、神殿のあちこちからささやかれる。
見たことがないから、信じられないのも無理はない。
アンネリーゼはくすりと笑い、
懐から古びた地図を取り出した。
「ふふっ、実はね。ラファリエール公爵領を出る時にお父様から、セラフィエルの昔の地図をもらったの。
セラフィエルはルシフェールよりもずっと広いのよ? その中にね、海らしきものが描いてあったの!」
地図を広げて指さした先には、確かに記されていた。
——『ネプリヌス海』
青く滲むように描かれたその文字に、聖女たちは息を呑む。
「ほんとに……あるんだ……」
「幻じゃ、なかったんですね……」
アンネリーゼは満足げに頷いた。
「ね? 本当にあるかは分からないけど、行ってみて損はないと思うの。
もしかしたら浄化が必要かもしれないしね?」
(んふふ……かに、タコ、いかに貝……昆布……魚……きっとおいしいものがたくさんあるはずだわ!!)
……その瞬間。
“ジトーッ……”
ケルネリウス、アレット、エリザベッタ、キャスバル、オレールの視線が、
一斉にアンネリーゼへと注がれた。
「……それが本命ですね?」という無言の圧が肩にずしりとのしかかる。
「ゴホンッ! と、とにかくね? 気づいていないかもしれないけど、
私が少し離れても、あなた達はもう自分たちで対処できる力を持ってるの。
それを確かめておきたいのよ!」
……
「結界だって、以前より強くなってるし。
何かあった時のために浄化石も多めに置いていくから……」
……
「……ダメ、かしら?」
だんだん声を小さくしながら、上目づかいで見てくるアンネリーゼ。
聖女たちは顔を見合わせ、小さく頷き合った。
「……海、ほんとうに青いんでしょうか?」
「……海の水って、どんな味なんだろう」
「……きっと、とても広くてきれいなんでしょうね」
「……でも、浄化石は多めにお願いしますね?」
アンネリーゼが、今まで神殿のために我慢してきたことを彼女たちは知っている。
八歳で神殿に入り、これまでわがまま一つ言わずに働いてきた彼女。
(……食のことを除けば、だけど)
そんなアンネリーゼが、自分から「海に行きたい」と言ったのだ。
誰一人として、止められるはずがなかった。
「必ず帰ってきてくださいね!」
「ありがとう!」
こうしてアンネリーゼは、ケルネリウスと数名の神官・聖女を連れて海へと旅立った。
***
「まさかな……一年もアンネリーゼがいなかったことに、気づいてなかったのか……」
アンネリーゼが楽しそうに旅支度をしている頃——
ダミアンのもとには、一通の手紙が届いていた。
差出人は、エダン・アズラール。
エルネストの側近として王城に潜り込んでいた人物だ。
手紙には、王都の現状が細かく記されていた。
アンネリーゼがいなくなってから、瘴気の濃度は急激に高まり、
正気を保てる民は激減。
今ではほとんどの店が閉まり、かつての賑わいは影も形もない。
そして——
エドワーズがアンネリーゼの不在に気づいたのは、
ダミアンからの手紙が届いてからだった。
それを知ったエドワーズは、アンネリーゼを追い出した張本人であるエルネストに激怒。
殴りかかったという。
それでもなお、エルネストは「なぜ怒られるのか分からない」といった顔をしていたらしい。
最終的には——
『アンネリーゼを見つけるまで帰ってくるな!』
と、王城から追い出されたのだとか。
「ふっ……ここまで来ると、本当にルシフェールの血筋なのか怪しいな」
ダミアンは手紙を読みながら紅茶をひと口。
そして、ふと最後の一文に目を留めて吹き出した。
「ぶふっ……なんだこれは……!」
そこには、こう書かれていた。
——『アンネリーゼがラスボス認定されてしまいました』
紅茶の香りが、静かに揺れる。
ダミアンは窓の外を見ながら、小さく呟いた。
「なるほどな……“厄災”だと言われていたが、どうやら言い出したのは王族ではなかったらしい」
ダミアンは小さく笑い、窓の外を見やった。
「まったく……アンナのことだ、こんな話があるなんて気づきもしないだろう」
紅茶を置くと、静かに立ち上がる。
その瞳は、遠くセラフィエルの空を見据えていた。
……その空の下で、彼女はすでに新たな旅支度を始めていた。
「リース!! ついに第二幕よ!!見て見て! 私たちに会いに来てくれた人が、ほら、こんなに!!」
「お、おい……顔近いって……落ち着け……」
「ふふ♪ これで“あの計画”も実行できるわね!」
「えっ!? 計画ってなんだ?そんなの聞いてないんだが!?」
「そんなことどうでもいいじゃない! リースもほら、ちゃんと頭を下げて!ほらほらほら!」
「え、えぇ……ど、どうも……?って、お前、下げてないだろ!!」
✿ここまで読んでくださってありがとうございます(*.ˬ.)"
次回、いよいよネプリヌス海へ!
アンナの食欲が海へ向けて解き放たれる予感しかしません。
果たして美味しい海鮮に辿り着けるのか……?
(……いや、辿り着いた瞬間に消し飛びそうなんだが。)
明日 8:10 更新予定です✨お楽しみに♪




