美人を怒らせてはいけない。
「アンネリーゼ!! やっと見つけたぞ!!」
――――――――――――
「「「(誰よ!! 食事を邪魔するやつは!!)」」」
やっと食べられると思っていた聖女たちは、
食堂の扉を乱暴に開けた男を、同時に睨みつけた。
「うっ……」
一瞬たじろぐ男。
だが、その背後には派手なドレスに身を包んだ女が立っており、
彼の背中をポンッと押した。
女の顔を見た瞬間、食堂の空気がさらに冷える。
「あの女……確か、レリア・ゴモリーよね。
何かあるたびにアンネリーゼ様に突っかかってた人。」
「夜会の時も揉めてたじゃない。
……確か“自称・聖女”だったわね。」
「力があるのかも怪しいのに……。
早く帰ってくれないかしら、せっかくのご飯が冷めちゃう。」
聖女たちは小声でコソコソと話す。
どうやら、前に立つ男よりも後ろのレリアの方が厄介らしい。
前からは“怒り顔の聖女たち”。
後ろからは“押してくる女”。
逃げ場のない男はまるで――蛇に睨まれた蛙のようだ。
(……っていうか、完全に蛙だな。)
男は咳払いをして、無理やり平静を装いながら前に進んだ。
「おい、アンネリーゼ……!」
だが、アンネリーゼは食堂の席で、
ケルネリウスと並んでホーンラビットの照り焼きを堪能している。
「ちょっと、ケルネリウス。この照り加減見てちょうだい。
完璧だと思わない?」
「おぉ、俺が調味料を入れただけあるな。
今回は砂糖の代わりに蜂蜜を使ったんだが、正解だったようだ。」
二人の世界には、他の音が一切入っていない。
「おい! アンネリーゼ!!」
男の声が響いても、誰も振り向かない。
ケルネリウスは分かっていて無視している。
アンネリーゼは――たぶん本当に聞こえていない。
男はついに堪忍袋の緒が切れた。
「おい、アンネリーゼ!! 聞いているのか!!!」
ガッシャーンッ!!
男はアンネリーゼの皿を掴み、床に叩きつけた。
その瞬間――
食堂にいた全員が静止した。
ケルネリウスを含む全員が、無言で自分の皿を持って一歩後ろへ下がる。
新人たちも、反射的に真似をした。
(あ……やっちゃった。)
沈黙の中、アンネリーゼがゆっくりと顔を上げる。
「アンネリーゼ!! 聞こえているだろう!? 返事をしろ!!」
「あ? お前、誰だよ。」
――空気が、一瞬で凍りついた。
さっきまで穏やかだった少女の表情が、氷のように冷たくなる。
その視線を浴びた瞬間、男の顔から血の気が引いた。
「お前か? 私の美味しいご飯を邪魔したやつは。
ん? 聞いてんのか?」
その声には“殺気”すら滲んでいた。
「ひっ……!」
男が後ずさる。
だが、アンネリーゼはゆっくりと、じりじりと距離を詰める。
壁際まで追い詰められた男の目の前で――
フォークが突き刺さった。
「……お前が私の食事を邪魔したのか? って聞いてるんだけど。」
フォークは男の顔すれすれの壁に突き刺さっていた。
アンネリーゼは笑顔のまま、もう一度フォークを引き抜き、
再び男の横の壁に突き立てる。
「その耳、飾りか? ん?」
「ぴ……」
情けない声を漏らす男。
その肩を、ケルネリウスがぽん、と叩いた。
「リーゼ。そのへんでやめとけ。
そいつ、一応この国の王太子だ。」
「…………」
アンネリーゼはぴたりと動きを止めた。
ケルネリウスの「リーゼ」という呼びかけ。
それは二人の間だけに通じる、冷静さを取り戻す合図だった。
「リース、助かったわ。危うく殺してしまうところだった。」
深呼吸を一つして、アンネリーゼは微笑む。
「で、何をしに来たのですか? エルネスト王太子殿下と……えっと。
そちらの女性は……れ、れ、れ……なんでしたっけ?」
「失礼ね! レリアよ。レリア・ゴモリー!」
「そうでした。レアリー様でしたね。」
「レリアよ!!!」
「それで? 《食事を邪魔》してまで来たご用件は?」
名前を間違えられ、レリアの額に青筋が浮かぶ。
それでもエルネストは震える膝を押さえながら、
なんとか立ち上がった。
「ア、アンネリーゼ……!
お前は俺という婚約者がいながら、浮気をしているそうじゃないか!!
レリアが言っていたぞ! 男と楽しそうに歩いていたと!」
……。
………。
…………。
「えっと……私、エルネスト王太子殿下の婚約者だったんですか?」
――その場の全員が、ぽかんと口を開けた。
---
ここまで読んでくださってありがとうございます!
アンネリーゼ、まさかの“婚約者発覚”……!?
次回は、聖女界隈がざわつく“婚約破棄騒動”編です。
ブクマ・感想・評価で応援してもらえると励みになります!




