皇帝豚のトンカツ。
「アンナ……」
「あら? アレット。どうしたの?」
トマトのように真っ赤になったアンネリーゼを見て、アレットは深くため息を吐くと、無言で彼女の首根っこを掴んで歩き出した。
「えっ!? ちょ……何するのよ!?」
これから皇帝豚を解体して、おいしいご飯を作ろうと思っていた矢先のこと。肩透かしを食らった気分だ。
「そのままで調理するのは禁止って、何度も言ってるでしょ? まずはシャワーを浴びてきなさい。わかったわね?」
声には、明らかな怒気がこもっていた。
無理もない。今のアンネリーゼは頭からつま先まで血まみれ、まるでホラー映画の主人公だった。
むしろ、よくこのまま調理しようとしたものである。
アンネリーゼはアレットにされるがまま、ズルズルと引きずられて神殿の中へ。
その姿は、散歩中に座り込む犬そのものだった。
「うぅぅ~~このままじゃダメなのぉぉぉ?? 皇帝豚ちゅあんの鮮度がぁぁぁぁ~~!!」
魔物は討伐してから時間が経つと肉が硬くなってしまう。
アンネリーゼの浄化スキルがあれば食用にできるが、それを差し引いても新鮮さは命である。
「貴女が真っ二つにしたおかげで、ある程度浄化は済んでるわ。だから私たちで捌くことくらいできるの。だから貴女はまず綺麗にしてきなさい。そうしなければ……」
「……そうしなければ……?」
アンネリーゼがじっと顔を覗き込むと、アレットはピシッと指を突きつけて言った。
「もう料理は禁止!! 調理場への立ち入りもお断りします!!」
「えぇぇぇぇ!? そんなのひどいじゃないいいい!!」
どれだけ暴れてもアレットは放さない。
ついには、ドレスのまま浴室へと投げ込まれた。
「ほんと、変なところだけ子供なんだから……。ただシャワー浴びるだけでしょ、さっさと浴びなさいよね」
浴室からシャワーの音が響くのを確認し、アレットは小さく笑って戻っていった。
***
しばらくして、アレットは神殿前へ戻る。
その間にケルネリウスの指揮で、神官たちは皇帝豚の巨体を部位ごとに解体していた。
「肩ロース、ロース、ヒレ、バラ……それにモモか。……すごい量だな」
神殿級の巨体ゆえに、肉の量も桁違いだった。
部位分けが終わるころ、タイミングよくアンネリーゼが戻ってきた。
すっかり綺麗になった姿で、満面の笑みを浮かべている。
「ほら……部位ごとに分けて置いたぞ?」
「ありがとう! じゃあ今日は折角だし、ヒレ肉でトンカツを作りましょう! それと豚汁にご飯……なんてどうかしら?」
その明るい声に、神殿の空気が一気に和らぐ。
聖女たちは嬉しそうに頷いた。
「アンナ。僕たちも手伝うよ」
ダミアンとイアンが顔を出すと、アンネリーゼは即座に指示を出した。
「では、お父様はキャベツの千切りを。イアンお兄様は、パンを細かくしてくださいね。力を入れすぎると衣が硬くなりますから!」
二人は顔を真っ青にして頷く。
「あ、そうそう! 逃げても無駄ですからね? “働かざる者食うべからず”ですから!!」
見張っていた聖女たちの視線が、ズシンと突き刺さった。
***
「んふふぅぅ……それじゃあ、邪魔も……じゃなかった、二人になったことだし始めましょうか? 皇帝豚ちゅぁぁぁ~ん!」
「(今、“邪魔者”って言おうとしたな……)」
全員の心の声がシンクロした。
アンネリーゼはうっとりとした目でヒレ肉を見つめ、包丁を握る。
繊維に沿って切り分ける手つきは繊細そのもの。
刃が肉を滑るたび、キラリと光が走る。
「んふふふ~~! これは……食べなくても分かるわ……絶対おいしいって……」
脂が少なく、身は引き締まり、香りはすでに極上。
アンネリーゼは衣をつけ、油を熱し始めた。
「んふふ……これくらいで、ちょうどいいわね!」
パン粉を一粒落とす。
「じゅっ」と小さな音がして、細かい泡が立つ。完璧な温度。
ヒレ肉を油に入れると、「ジュワ~ッ」という音が弾けた。
黄金の泡が立ち上り、神殿中に香ばしい香りが広がる。
「…あぁ…音が罪だな…。」
「んふふふ……この音、この香り……もう、絶対おいしいって確定ね!」
聖女たちが集まり、目を輝かせながら見守る。
「いい匂い……」
「今からご飯が楽しみだわ!」
「早く食べたい!」
アンネリーゼは満足げに頷き、箸でトンカツを返した。
「よし……この色、この厚み……完璧じゃない!」
衣がカリッと音を立て、油の表面が輝く。
きつね色に染まったそれは、まさに黄金。
「あと少しよぉぉぉ! 待っててねぇぇぇぇ、皇帝豚ちゅぁぁぁ~ん!」
揚がったトンカツをまな板に乗せ、一口大に切る。
「サクッ……サクッ……サクッ……」
あまりの柔らかさに、アンネリーゼは目を細めた。
揚げた後でも、驚くほどジューシーだ。
全員分を揚げ終え、祈りの歌を捧げる。
「豊穣の女神ケレスティナ様に感謝を……」
祈りが終わると同時に、全員が一斉に箸を伸ばした。
「いただきます!」
最初に響いたのは、衣が弾けるような「サクッ」という音。
噛んだ瞬間、じゅわりと肉汁があふれ、香ばしい香りが鼻を抜けていく。
「や、やわらか……! 衣が軽いのに、ちゃんとカリッとしてる……!」
「ソースなんていらないわね……このままで甘い!」
口の中でとろける肉。衣のカリカリと、肉のふわりが交互に舌を刺激する。
咀嚼するたびに、幸福が胸の奥まで広がっていった。
「んふふ……やっぱり私、天才かも……!」
アンネリーゼが胸を張ると、皆が一斉に笑い出した。
「アンナ、これ……お店開けるわ!」
「皇帝豚ちゃん、名前の通り…最高ランクね!!」
その香ばしい香りと笑い声が神殿中に満ち、
まるで食卓そのものが浄化されていくようだった。
それは、今までに食べたどの肉よりも——
心も体も満たされる、“幸福の味”だった。
「ふぅ~! 皇帝豚と言うだけあって美味しかったわね。」
「あぁ、見た目はあれだが、味は名前負けしてなかったな。」
「ちょっと、それは皇帝豚ちゃんに失礼だわ!」
「いや、お前も似たようなこと言ってたからな……。」
✿ここまで読んでくださってありがとうございます( .ˬ.)"
第一幕『追放から荒地へ』はこれにて完結です✨
たくさんの応援、本当にありがとうございます!
次はいよいよ海の彼方――“美味しい魔物を求めて”!
「リース! 次は海に行くわよ!」
「はいはい、何処までも付き合いますよ。」
✿第二幕『美味しい魔物を求めて…新たなる旅路』は
11月15日 8:10 更新予定です。お楽しみに✨




