久しぶりの再会。
ラファリエール公爵家からの手紙が王宮に届いたその日、王都の空には重たい雲が垂れ込めていた。
エドワーズ王は、机の上に広げた古地図をじっと見つめていた。
そこには、かつて帝国だった頃の境界線が描かれている。
「……ラファリエールが独立を宣言するということは、セラフィエルの門も開けるつもりなのだろうな」
ルシフェール国が成立してすぐ、セラフィエルの地は強固な門で封印された。
表向きには「瘴気から国を守るため」とされていたが、実際には――報復を恐れたルシフェール王族が、自ら門を閉ざしたのだ。
おそらく、初代ルシフェール王は気づいていた。
セラフィエルが滅びた後、瘴気濃度が異常に上がった理由に。
そして目をつけたのがラファリエール領だった。
ルシフェールが瘴気に苦しむ中、ラファリエールだけが以前と変わらぬ清浄を保っていたのだ。
王は一つの仮説を立てた。
――ラファリエール家は、瘴気を抑える何かを知っている。
初代王はすぐに動いた。
ラファリエール家を公爵家に引き上げ、その娘を側室として王宮に迎えたのだ。
「エルネストの奴……何も知らんとは。まったく、ルシフェールの血が泣いておる」
エドワーズは地図から視線を外し、深く息を吐いた。
その瞬間――ガチャリ、と扉の音が響く。
「……父上。お呼びでしょうか?」
のんきな声。
エドワーズは、顔を上げる気にもならなかった。
「エルネスト。アンネリーゼは……どうした?」
まさかの問いだったのか、「ぐぇ!?」と、蛙が踏まれたような声を上げるエルネスト。
あまりの間抜けな音に、部屋の空気が凍りつく。
エドワーズは黙ったまま、無表情で息子を見据えた。
その沈黙は、怒号よりもはるかに恐ろしい。
重く、冷たく、時間そのものが止まったようだった。
……にもかかわらず。
エルネストはまったく空気を読まず、笑顔のまま話し始めた。
「アンネリーゼって……僕の婚約者だったとかいう、あの小娘ですか? でしたら、僕に楯突いたので婚約破棄して王都から追放してやりましたよ!」
まるで「今日の昼食はパイでした!」くらいの軽さで言い放つ息子に、エドワーズは無言で拳を握る。
ゴスッ。
鈍い音が響いた。
「ぐぉふっ!?」
殴られたエルネストは、カエルから魚へ進化したように口をパクパク。
それでも、何が起きたのか理解できていない。
「お、お前……な、な、何をしたかわかっているのか!? いつアンネリーゼを追放した!?」
「え? 一年くらい前ですかねぇ~?」
お菓子の賞味期限を答えるくらいの軽さだった。
「い、い、一年も前だとぉぉぉぉ!?」
王の絶叫が王宮に響き渡る。
……だが、一年間気づいていなかった王も王である。
滑稽なのは、息子か、それとも父か。
どちらにしても、国を滅ぼすのはこの親子のどちらか――そんな未来が、すぐそこに迫っているようだった。
そんな親子劇が繰り広げられている間に――
アンネリーゼは、久しぶりにダミアンとイアンと再会を果たしていた。
***
「「アンナ!!」」
神殿の外。瘴気の薄れた風の中で、アンネリーゼは懐かしい声を聞いた。
振り向くと、そこには父ダミアンと兄イアンの姿があった。
「お父様! イアンお兄様まで……どうしたんですか?」
「イザークが門を開けてくれた。セラフィエルの瘴気が薄まっていると聞いてな。……まさか、ここまでとは」
空を見上げれば、うっすらと青が戻っていた。
一年でここまで浄化が進むとは、誰も想像していなかった。
「本当に……あの頃の空みたいですね」
アンネリーゼの声に、二人は穏やかに頷いた。
だがその表情には、言葉にしづらい重みがある。
ダミアンが一歩前に出た。
「アンナ。お前には伝えておかなければならないことがある。――お前の“力”についてだ」
アンネリーゼはきょとんとした顔でケルネリウスを見た。
ケルネリウスも首を傾げる。
「力って……浄化のことですか?」
イアンが頷いた。
「そうだ。その浄化の力、お前は他の聖女の何十倍も強い。浄化石を作れる聖女なんて、お前だけだ」
「……あっ」
思い返してみれば確かに、他の聖女は“浄化”こそできても、“力を溜める”ことはできなかった。
アンネリーゼが込めた浄化石を使って、ようやく浄化水が作られていたのだ。
「しかも、無詠唱で結界を張れるのもお前だけだ。普通は祈り歌が必要だ」
ケルネリウスも頷く。
「確かに。……アンナの力は異質だ」
アンネリーゼは一瞬だけ黙り込み、そして――
「どうやったらこの力を使えるか……ずっと悩んでました。でも、これで前に進めそうです。私は今まで通り、魔物を食べ……じゃなかった……ごは……じゃなかった……討伐していけばいいということですね!!」
(今……魔物を食べればいいとか言おうとしたな……)
三人の視線がそろってアンネリーゼに向き、無言のまま「やっぱりな」と言いたげに微笑んだ。
「……あぁ、やっぱりお前は強いな、アンナ」
父の言葉に、アンネリーゼは照れくさそうに笑う。
――その時。
ぐぅぅ~~~。
お腹の音が鳴った。
三人が顔を見合わせ、同時に吹き出す。
「んふふ……色々考えすぎてお腹が空いちゃいました。神殿に戻って、ご飯にしましょうか!」
明るい笑い声が、澄んだ空に吸い込まれていった。
優しい風が、彼らの背をそっと押す。
そしてその笑顔の裏で――王都は静かに、崩壊の音を立て始めていた。
「お父様…ちょっと見ない間に、なんだか丸くなられたような気がするんですが…。」
「い、いや、これは着膨れしているだけだ!!」
「やっぱり美味しいもの食べると幸せですもんね!!」
「そうだな!!さぁ今日は何が食べられるのか楽しみだ。」
((この二人…やっぱり親子だな…))
✿ここまで読んでくださってありがとうございます!
次回は“お待ちかねのご飯回”!?
果たして無事にご飯にたどり着けるのか――
明日8:10更新予定です♪
それでは、次回もお楽しみに✨




