十五歳のプレゼント。
「十五歳か……」
十五歳の朝、アンネリーゼはいつもより少し早く目を覚ました。
神殿の窓から差し込む光は、以前よりも柔らかく、どこか温かい。
瘴気が薄れ、空が澄んできたせいかもしれない。
あるいは、彼女自身が少し大人になったからか。
早く起きたことを良いことに、アンネリーゼは調理場へと足を向けた。
すでに聖女と神官たちが朝食の支度を始めている。
「あら、アンナ。おはよう! 今日の朝は早いのね。いつもなら、もう少し寝ているというのに」
アンネリーゼは朝に弱い。
とはいえ怠けているわけではない。
この辺りの浄化も魔物討伐もほとんど一人でこなしているため、みんなが暗黙の了解で“遅めの朝”を許していた。
「んふふ……今日はね、これを食べたいの!」
アンネリーゼが取り出したのは、見慣れない穀物の袋。
それは——オリザールスと共に育てた“稲”を精米した、初めてのお米だった。
昨日、十五歳になることを伝えると、彼は静かにそれを手渡してくれた。
「持って行け」
たった一言だったが、その重みが何よりの誕生日プレゼントだった。
この世界にとって初めてのお米。
前世でずっと恋い焦がれていた“あの味”を、ようやく再び口にできるのだ。
アンネリーゼは調理器具スキルで計量カップとザルを出し、そっとお米を量る。
興味津々の聖女たちが集まり、のぞきこむようにして見つめている。
(全員分……あるかしら)
十合分をすくってザルに移し、井戸の方へ歩く。
手を水に入れた瞬間——
「つめたっっ……!」
思わず声が出た。
井戸の水は氷のように冷たく、指先がじんと痛む。
白く濁った水面が、冬の朝日にきらりと光った。
いつの間にか季節は秋から冬へと移っていた。
お米を洗いながら、ふと前世の記憶がよみがえる。
お米を洗うとお小遣いがもらえるから、毎日365日、手がかじかむ冬も洗い続けていた。
特に冬場の水の冷たさは、今でも指が覚えているほどだ。
(懐かしいわね……)
洗い終えたお米をザルにあげ、水気を切っておく。
その間に土鍋の準備だ。
この世界には炊飯器なんて便利なものはない。
けれど——調理器具スキルがあれば、土鍋を出すくらいわけはない。
(炊飯器以外の炊き方、覚えててよかった〜!)
水を注ぎ、火にかける。
竈の火加減は繊細だ。強火から中火、そして弱火へ——炎の移ろいを見極めながら調整していく。
「うまく炊けますように……」
手を合わせ、静かに目を閉じた。
***
しばらくすると、調理場いっぱいにふわりと甘い香りが広がる。
「いい香りね〜!」
「でしょ〜!」
アンネリーゼは胸を張った。
炊きたての香りを初めて嗅ぐ仲間たちは、目を丸くして感嘆の声を上げる。
土鍋を火から降ろし、蓋を開けたい気持ちをぐっと我慢する。
蒸らしの時間が、いちばん大事だ。
(ああ……この匂い、懐かしい。前世で食べた炊きたての白米と、まったく同じ……)
アンネリーゼは静かに息を吐き、ゆっくりと蓋を開けた。
——ふわり、と。
閉じこもっていた香りが弾けるように立ちのぼり、調理場全体を包み込んだ。
(やっと……会えたわね)
十五歳の朝。
ずっと夢に見てきた“白いご飯”が、今ここにある。
しゃもじを取り出し、つぶさないように優しく混ぜる。
一粒一粒が立ち上がり、つややかに光っていた。
「つやっつや……完璧ね!」
土鍋で炊いたご飯は、炊飯器とは違う特別な香ばしさを持つ。
なかでも底にできた“おこげ”こそ最高のごちそうだ。
「んふふ……この香りだけで幸せ〜!」
アンネリーゼは、白米の味を最大限楽しむために塩むすびを作ることにした。
手を塩水に浸し、熱いご飯をそっと乗せる。
ふんわり、ぎゅっ、ぎゅっ。
「……あっつぅ〜!」
手を赤くしながらも、楽しそうに握っていく。
固く握らず、空気を含ませるのがコツだ。
塩むすびを握り終えると、一つを手に取り、湯気の立つそれを見つめる。
(十五歳の朝に、この味を迎えられるなんて……)
一口かぶりついた瞬間、
柔らかくふわっとした食感と、優しい甘みが口いっぱいに広がった。
「んふふ……しあわせぇぇぇ〜〜〜!」
その声に、調理場が笑い声に包まれる。
「アンナがそんな顔するなんて、よっぽど美味しいのね」
「私も食べてみたい!」
「順番、順番!」
列を作る仲間たちに、アンネリーゼは笑いながら塩むすびを配っていく。
「熱いから気をつけてね。でも、熱いうちが一番おいしいのよ」
神殿の朝が、炊きたての香りと笑い声、そして湯気で満たされていった。
「「「んふふ……しあわせ〜〜〜!!」」」
皆の笑顔を見て、アンネリーゼは心の底から思った。
——お米を作って、本当によかった、と。
穏やかな時間は、まだ——崩れる前の静けさの中にあった。
その笑顔の輪の中に、彼女の十五歳の誕生日は静かに溶け込んでいった。
***
その頃の王都は、冬の風が冷たく、重苦しい沈黙に包まれていた。
「い、い、い、一体どういうことだ!? エルネストを呼んで来い!!」
ルシフェール国王エドワーズの怒声が、王宮に響き渡った。
彼の手には、ラファリエール公爵家からの手紙がある。
そこに記されていたのは、たった数行。
『アンネリーゼが王都から追放された以上、
ラファリエール家が従う理由はない。
我が領地は独立する。
今後干渉するなら、宣戦布告と見なす。』
差出人はダミアン・ラファリエール。
筆跡は冷静で、確固たる意志を宿していた。
エドワーズは震える手で手紙を置き、深く息を吐く。
「アンネリーゼが追放……? いつの間に……」
彼はこの一年、ずっとアンネリーゼが大神殿にいると思っていた。
しかし、現実は——すでに彼女はいない。
その声には、怒りよりも困惑と焦燥が滲んでいた。
アンネリーゼがいた頃、ラファリエール家は王に忠実だった。
だが、その支えを失った今——糸が切れたように、領地は独自に動き始めていた。
「……エルネストはまだか!」
側近が慌てて駆け出す。
エドワーズは椅子に沈み込み、額に手を当てた。
「私の知らぬ間に……一体何が起きている……」
その問いに答える者はいない。
——そして、王都の秩序が静かに崩れ始めていることを、
まだ誰も気づいていなかった。
「お前が言ったことがよくわかったよ…そ、その悪かったな、」
「ふふ…まぁいいわ!私だってもう十五歳。ちょっとのことじゃ怒らない……って、私のご飯返せぇぇぇ!」
「いいだろ?まだ食べれてないんだよ。」
「キャスバルゥゥゥ!!食べ物の恨みは怖いのよ!?見てなさい、今に目にもの見せてやるんだから…」
(何も変わってないな…)
✿ここまで読んでくださってありがとうございます!
十五歳になっても食いしん坊なアンネリーゼ✨
次回は久しぶりの家族再会!?
21:10更新予定です。お楽しみに✨




