厄災(ラスボス)アンネリーゼ
第四章です。
「アンナたちがセラフィエルに行ってから、もう三ヶ月か……」
ラファリエール公爵ダミアンは、机の上のカレンダーを眺めながら呟いた。
つい先日まで八月だったはずが、気づけば十一月。
外の風は冬の匂いを運んでくる。
この三ヶ月、彼は領内の貴族たちを集めて会議を開き、
王都の情勢を探るために文を飛ばす日々を続けていた。
「もう、そんな時期か……」
冷めた紅茶を一口含んだところで、扉を叩く音が響く。
「父上、イアンです。お話があります」
「入れ」
入ってきたのは長男イアン。
普段は落ち着いた彼の顔が、今日はわずかに曇っていた。
「王都の情報に進展がありました。……アンネリーゼが、“厄災”と呼ばれています」
「……なんだと?」
ペンを置いた音が、部屋に鈍く響いた。
誰も息をするのを忘れたような沈黙が落ちる。
アンネリーゼが王都を追放されてから、すでに半年近くが経っている。
その間に、王都はゆっくりと、確実に崩れ始めていた。
まず一つは――魔物の異常発生。
最初はDランクの小型魔物ばかりだったが、
いまではBランクの強個体が市街近くに出没しているという。
次に、瘴気。
王都全体を包み込む黒い靄は日に日に濃くなり、
呼吸すら重く感じるほどだという。
「聖女たちはどうしている?」
「アンナと行動を共にしていた方々は、全員プロセルピナ神殿へ移られました。
大神殿に残っているのは、レリアただ一人です」
「……よりによって、あの娘か」
イアンが小さく頷く。
エルネストが何も知らず、彼女を“大聖女”に任命したのだ。
だが、祈りの光は一度も現れず、神官たちも半ば諦めているという。
「厄災の噂は王族発のようです。
“アンネリーゼが大神殿に男を連れ込み、祈りを怠っている”と」
「くだらん」
冷めた紅茶を一息で飲み干す。
唇の端がかすかに上がるが、目は笑っていなかった。
(本当に……何も変わらないんだな、エドワーズよ)
エドワーズ・ルシフェール。
ルシフェール国の国王であり、エルネストの父。
そして、ダミアンの従兄弟でもある。
ウリエーラ家には、時折“前世を覚える子”が生まれる。
そしてラファリエール家にもまた、“癒しと浄化”の血が受け継がれていた。
ダミアンの父は双子で生まれ、妹はその力を持っていた。
だが、その力を知ったルシフェール王家は、妹をアウローラ大神殿に幽閉し、
王族と無理やり結婚させた。
――そして、生まれたのがエドワーズだった。
歳も近く、常に比べられて育った二人。
しかし、エドワーズは劣等感を抱き、何かあればダミアンを責め、
成功すればそれを奪おうとした。
今の王都の崩壊は、あの男が蒔いた種の成れの果て。
それが分かっていても、怒りより先に虚しさが込み上げる。
「やはり……王都はもう限界だな。
このままでは、国ごと瘴気に呑まれる。
――イアン、独立の準備を始めろ」
「はい、父上」
ダミアンはしばらく沈黙したまま、
窓の外の雪を見つめていた。
(アンナ……お前は、笑っているのだろうな)
(あの子の笑顔が見える限り、俺は恐れぬ)
小さく息をつくと、彼は新しい羊皮紙を取り出した。
王家への書状――その筆先には、もう迷いがなかった。
***
――その頃、王都・アウローラ大神殿では。
祈りの途絶えた聖堂に、冷たい風が吹き抜けていた。
「結界が崩れたぞ!」
「武器が効かねぇ!」
兵士たちが怒鳴り合う。
剣に刻まれていた大聖女の加護はとうに失われ、
今はただの鉄の塊と化している。
「神官たちは!?」
「奥で“祈っている”らしいが、誰も姿を見てねぇ!」
三ヶ月間、一度も開かれていない――“大聖女の間”。
その奥から漏れてくるのは祈りの声ではなく、
グラスの触れ合う音と、くぐもった笑い声だった。
「……殿下が……?」
「言うな。聞くな。生きたきゃ忘れろ」
風が一瞬、止まった。
次の瞬間、地鳴りと共に悲鳴が上がる。
「なんでここにBランクの魔物が出るんだ!? 市街地のすぐそばだぞ!」
「もう防衛線が持たねぇ!」
「……もう手がない。退け、命を守れ!」
城門の外では、瘴気を纏った巨大な鼠――ラットキングが暴れ回っていた。
兵士たちが総出で迎え撃つが、祈りの力を失った武器では歯が立たない。
「大聖女は何をしている!」
「呼べるかよ! 三ヶ月も“閉じこもったまま”なんだぞ!」
そして、誰かが呟いた。
“もうあれは大聖女でもなんでもねぇ。ただの厄災だ”と…
“ゴーン、ゴーン、ゴーン…”
王都内の至る所で鐘が鳴り響く。
それは救いの鐘ではなく、滅びを告げる音だった。
***
同じ空の下、遠く離れた荒地――プロセルピナ神殿では。
「お米を食べたいから――」
少女は満面の笑みで鍬を振り上げた。
「作りましょう!!」
かつて“大聖女”と呼ばれた少女は、
自分が厄災と呼ばれていることすら知らないまま、
今日もお腹を鳴らしながら、田んぼ作りに全力を注いでいた。
その祈りを包むように、風が稲の芽を撫でていく。
――それが、彼女にとっての“祈り”だった。
「蟹鍋美味しかったわね…でもやっぱり…お鍋の〆と言ったらあれが欲しいわ!!」
「「「あれ!?!?」」」
「そう!!あれよ!!鍋の〆って言ったらお雑炊しかないわ!!」
✿今回もお読みいただきありがとうございます。
第四章始まりました!!
やっぱりこの季節はお鍋に限りますね。
私もカニ鍋一緒に食べたかったです(*´﹃`*)
次回は明日8:10更新予定です✨
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それでは、次回もお楽しみに!




