アンネリーゼと黒百合の魔人。
「ふふ…ふふふふ…」
バサッ…バサッ…
一枚ずつ花びらが開くたびに、
笑い声が深く、濁り、歪んでいく。
(本当に……不気味ね。)
バサァァァァ……
最後の一枚がめくれ上がった瞬間――
悪意そのものが、這い出してきた。
「ふふ……ふふふふふふふふふ」
黒い肌は墨を流したように滑らかで、どこまでも深い闇。
瞳は真っ赤に染まり、中心では黒い線が渦を巻いている。
歯は獣のように鋭く、唇は血を塗ったかのような深紅。
そして黒い大きな翼が、ゆらりと背中で揺れた。
二人の間を風がひゅうっと吹き抜ける――
と、同時に黒百合の花びらがレリアの身体へとまとわりつき、
妖艶で不気味なドレスへと形を変えていく。
「はぁ~……きもっちぃぃぃいいいい~~~」
快楽にも似た震えを全身で味わいながら、
その“何か”はゆっくりとこちらを見た。
それはもう、レリアではなかった。
アンネリーゼは細めた目の奥で、静かに警戒の色を深めた。
「……お前、何者?」
「ふふふふふふふふ……私はレリアよ?
れ・り・あ……あなたのだぁ~~いすきな、レリアじゃない……?」
返ってくる声はレリアそのものの声色なのに、
響きも抑揚も、まるで別人。
人とは思えない冷たさに、背筋にひやりとした感覚が走った。
アンネリーゼは小さく息を吐き、
目の前の“レリアだったもの”を睨む。
「そう……まぁ、あなたがレリアだろうが、レリアじゃなかろうがどっちでもいいわ。
だって私……あなたのこと、だ~~いっ嫌いだもの!!」
べぇ~~~っと舌を出して子供みたいに言い返しながらも、
アンネリーゼはメッザルーナをクルリと回して構えた。
カチンッ。
その軽い金属音に、レリアは瞳を細くして笑う。
「ウフフ……奇遇ね。私もあなたのこと、大っ嫌いだったのよ。
だって、あなた……」
レリアは頬に手を置き、ゆっくり首を傾げた。
「……“あいつ”に、そっくりなんだものぉぉぉおおお!!」
その瞬間、レリアの周囲に浮かび上がった瘴気が一斉に形を変え、
黒い百合の蕾へと変質する。
ポンッ! ポンッ! ポンッ!
次々と膨らむ蕾から、生き物の卵でも破るように
“瘴気の球”が飛び出した。
(こ、これは……まずい!!)
嫌な予感と同時に――
ドォォォーーーーンッ!!
球が床や壁に触れた瞬間、爆ぜた。
「あ、あぶなぁ~~!!
ほんっと、さっきから不意打ちばっかり……!」
レリアは楽しげにくすくす笑う。
「ふふふふふふ……ごめんなさいねぇ?
でもあなたにはお似合いでしょぉぉ? だって、あなた…」
自分の黒い髪を人差し指でくるくるといじりながら、
アンネリーゼを睨みつける。
「私から“あの方”を奪った、卑怯者なんだからぁぁああ!!」
レリアの声が急に低くねじれ、
妖艶な微笑みが、憎悪どころか“呪いそのもの”に変貌する。
ギリ……ギリ……ッ。
鋭い歯が唇を食い破り、
赤黒い血がぽたり…ぽたり…と落ちる。
落ちた血が瘴気に触れた瞬間、
足元の影から黒百合の蕾が“ポン”と芽吹いた。
そして、それらは一斉に――
アンネリーゼへと牙を向けて襲いかかってきた。
(これは……まるでマシンガン!?)
黒百合の蕾が次々と撃ち出す瘴気弾が、
四方八方から同時にアンネリーゼを狙い撃つ。
「戦いづらいな……」
アンネリーゼは一歩跳んでかわしながら、
手にしていたメッザルーナを軽く振ってため息を漏らした。
「ん~…メッザルーナはやめましょ。」
言い終えるより早く――
アンネリーゼはスキルでから細い刃を取り出した。
ペティナイフ。
しかも、一つではない。
指の間に挟まったナイフの数、八本。
「フフ……やっぱりこれよね!!
小さい獲物を狙うなら一番しっくりくるわ!」
刃先を軽く舐め、
にこりと笑った瞬間――
アンネリーゼの身体がふわりと宙へ跳ね上がった。
そして、空中で体をぎゅっと丸め――
くるりと一回転すると、
その勢いのまま、八本すべてのナイフを、黒い百合へと放つ。
バシュッ…! バシュッ…! バシュッ…!
投げるたびに黒い蕾が破裂し、霧散していく。
まるで夜空に消える火花のように。
(ビンゴ!! やっぱりこれが一番ね!)
片足でトン、と軽く着地した瞬間、
アンネリーゼの姿はすでにレリアの横に移動していた。
次の瞬間には前。
さらに斜め後ろ。
見えない速度で駆け、的確にナイフを放つ。
バシュッ、バシュッ!
黒い蕾が次々と散る。
が、次から次へと新たな黒い蕾が生まれていく…。
「チッ……これじゃ埒が明かないわね……!」
アンネリーゼが舌打ちをしたのと同時に、
レリアが妖艶な笑みを浮かべた。
「ふふ……降参かしら?
でも残念ね。今回はあなたを助けてくれる人はいないわよ?」
その“今回は”という言葉が、
アンネリーゼの胸の奥にチクリと刺さる。
──誰かと比べられ、
──“卑怯者”と罵られ、
──助けなしでは勝てないと言われて。
ずっと堪えていたものが、
ぐつぐつと煮え始める。
アンネリーゼはナイフをくるりと指で回し、
ふっと息を吐いた。
「ん~……さっきから誰と比べてるのかわからないけど、
私はあなたの知ってる“あいつ”じゃないわよ?」
煽るような笑みを浮かべた次の瞬間、
声色は冷たく、鋭く変わった。
「でもね……これだけは言っておいてあげる。」
レリアの赤い瞳が、ピクリと揺れる。
アンネリーゼは静かに言い放った。
「きっとあなたが愛してた“あの方”は、
あなたのこと……嫌いだったと思うわ。」
二人の間の空気が、一瞬止まった。
だが――
アンネリーゼは構わず続ける。
「じゃなきゃ捨てないでしょ。
それに、もし…あなたのことが好きなら、
ここに迎えに来ているはずだもの。」
刃物より鋭い言葉。
嘘のない直球。
レリアの心臓をえぐるような真実。
その瞬間、
レリアの瞳がギギギ……と音を立てるように歪んだ。
「……私は嫌われていない……」
誰にも聞こえないほどの小さな声。
だがそれは、
自分に言い聞かせる“呪い”のようでもあった。
「私は嫌われていない……
私は……嫌われていない……」
フラフラと首を傾けながら繰り返すその姿は、
人でも魔でもなく、壊れた人形そのもの。
そして――
「私は嫌われていないわぁぁぁぁぁあああああああああ!!」
耳を裂く悲鳴とともに、
黒百合の小さな蕾たちが一斉に舞い上がった。
ボウッ!!
それらが一つに集まり、
巨大な黒百合へと姿を変えていく。
それを見たアンネリーゼは、
大きな声で笑い出した。
「んふふ……やっとまとまってくれたわね~。
これで戦いやすくなったわぁぁぁ!!」
ペティナイフをしまい、
お馴染みの柳刃包丁をゆっくりと取り出す。
「大きい花は……大きい刃で斬るものよ。」
その瞬間――
~~♪~~♪
風に乗って届く歌声が、
アンネリーゼの身体に温かく染み込んだ。
疲労が溶け、力が満ちていく。
「あぁ……ふふ。
あの子たち、本当に……どんどん強くなってるわね!」
その笑顔が、
レリアの癇癪のスイッチを押した。
「何ひとりで笑ってるのよぉォォォォオオオオ――!!」
幼子のヒステリーのような叫び。
声は震え、感情はぐしゃぐしゃで、
怒りだけが溢れていく。
アンネリーゼは、
ゆっくりと小さく首を傾げた。
「別に、笑ってないわ。
ただ……あなたはかわいそうね。
仲間もいないんだもの。」
その言葉に反応するように、
レリアの呼吸が荒くなる。
アンネリーゼは刃を下に向け、
体勢を低く――
野生の動物のように、すっと構えた。
空気が震える。
そして――
次の瞬間、
風が一瞬だけ止まり――鋭い光だけが横切った。
アンネリーゼは柳刃包丁を、
左から右へと振り切る。
ザシュッ…
音とともに、
レリアの身体から瘴気が噴き出す。
「ふふふふふふははははははあ――!!」
切られて痛いはずなのに笑い出すレリアを見て、
アンネリーゼは顔をしかめた。
(痛覚すらマヒしてるのね……。)
溢れ出す瘴気が渦を巻き、
巨大な黒百合の花が、もう一枚の翼のように広がり始めた。
最後の暴走と言わんばかりに、
瘴気を貪るように飲み込んでいく。
百合というより、
もはや果肉植物。
涎のように、
黒い瘴気がぽちりと落ちる。
(来る……!)
熱を帯びた風が、
アンネリーゼの頬をかすめた。
「アンネリーゼぇぇぇぇ……!!」
「あなたさえいなければぁぁぁ……!!」
レリアの叫びとともに、
黒い花が一斉に開こうとした瞬間――
アンネリーゼは、
レリアごと黒百合を断ち切った。
ザッ――
「私を恨むのは構わないけど……
もう終わりにしましょう。レリア。」
断ち切られた場所から、
瘴気が溢れ出す。
「わ、私は…
あの方が好きだっただけなの…」
「……そう。」
「ただ……愛してほしかっただけ。
見てほしかっただけなのに……」
「……幸せになりたかったなぁ……」
それは、
自分に言い聞かせるような呟きだった。
アンネリーゼは、
胸元の核めがけて柳刃包丁を突き刺す。
「次は幸せになれるといいね。
そのためにも……今は静かに眠って……。」
ピキピキと音を立て、
核にひびが走る。
パリィーーン……
割れた核から溢れた瘴気は、
金色の粒へと変わり、空へと昇っていく。
同時に、
彼女の過去が流れ込んできた。
――セラフィエル帝国の、とある小さな村。
たまたま訪れていた貴族の男に声をかけられ、
恋をした。
相手が本気だったのかは分からない。
だが、彼女は本気だったのだろう。
『必ず迎えに来るから、待っていて欲しい。』
そう言い残し、
男は去った。
だが、
何年経っても迎えは来なかった。
「レリア……
あなたは、きっと寂しかったんだわ。
どうか、安らかに……」
アンネリーゼは空を見つめ、
小さくため息を吐いた。
✿いつもアンネリーゼを応援いただきありがとうございます(*.ˬ.)"
アンネリーゼとレリアの最期の決戦、いかがでしたでしょうか?
食いしん坊聖女もいよいよ最終章。
あと少しお付き合いいただけますと嬉しいです♪
次回、21:10更新予定♪
どうぞ、お楽しみに✨




