大聖女、刃ではなく包丁を構える。
「なるほどね……あなたの本当の姿は、そっちってわけ」
黒曜石のように艶やかな角が、こめかみから滑らかに現れ、後ろへ向かって優雅な曲線を描きながら伸びていく。
それは獣の角でも、魔獣の爪でもない。
美しさすら宿した“魔性”の象徴――
レリアの本性が、静かに姿を現した。
レリアの角が伸びる度、空気が少しずつ濁っていき、
先ほどより濃密な瘴気がアンネリーゼを襲う。
(これは……結構きついわね)
大聖女であるはずのアンネリーゼも、思わず顔をしかめた。
「フフ。そうよ。これが本来の私。本来の姿。
あの方が愛する、ただ一人の“私”」
会話の端々で繰り返される“あの方”。
(あの方って……エルネストではなさそうだけど……)
レリアが見つめているのは、エルネストそのものではない。
そのさらに奥――
エルネストの裏側に潜む、もっと別の存在。
「“あの方”がどなたかは知らないけど……
今のあなたが、どれだけ醜いかくらいは、はっきり分かるわ!」
アンネリーゼは柳刃包丁を仕舞うと、
スキルで二本のメッザルーナを取り出した。
カチン、カチン。
湾曲した刃がぶつかり、硬質な音が空気を裂く。
(防御重視で、って考えたけど……
速度を出すなら、攻撃に振り切った方がいいわね)
アンネリーゼは二つの刃を握りしめ、
まるで双剣を操る剣士のように構えた。
その立ち姿は――
聖女でも、料理人でもない。
まさに“剣士”そのもの。
少し口角を上げ、挑発するように声をかけると、
レリアは一瞬、たじろいだ。
「さぁ、第二ラウンドと行きましょうか」
アンネリーゼは腕を後ろへ引き、
ブーメランのようにメッザルーナをレリアへ向かって投げ放つ。
ギュルルッ、ギュルンッ――!
刃は美しい弧を描きながら飛ぶ。
だがレリアは、つま先をひょいとずらすだけで避けた。
パシッ。
旋回したメッザルーナは軌道を戻し、
アンネリーゼの掌に吸い込まれるように収まる。
(“当たれば儲け”なんて戦法じゃないけど……
少しずつ……確実に、間合いを詰める!)
「フフ……大口叩いたくせに、そんな攻撃しかできないの?
大聖女様も、落ちぶれたものねぇ」
レリアは片手を頬に添え、
まるで観劇でもしているような余裕の笑みを浮かべた。
「ふん……そうやって余裕ぶっていられるのも――今のうちよ!」
アンネリーゼはメッザルーナを左右から交互に投げ、
その死角を利用して、一歩、また一歩と滑るように迫る。
ギュンッ、ギュルルッ――!
二本の刃が風を裂くたびに、
アンネリーゼの影が、レリアへとじわじわ伸びていく。
(あと少し……!)
レリアの眉が、ほんのわずかに動いた。
「……ふぅん。あなた、本当に私に近づくつもりなのね」
その声音に、ほんの一瞬だけ警戒の色が混じる。
そして、次の瞬間――
アンネリーゼはスキルを発動し、
手の中に三本目のメッザルーナを生み出した。
ギュルルッ――!
レリアの視線が、
飛来する二本の刃に釘づけになっている一瞬の隙を狙って――
アンネリーゼは、迷わず三本目を投げる。
が、しかし――
パシッ。
軽々と、三本目のメッザルーナを止められる。
「フフ……三本目の存在に気付いていないとでも思った?
残念ね。そうはうまくいかない……って……え……?」
レリアの目が見開かれた。
飛んでくる刃に気を取られた、その隙に――
アンネリーゼ自身が、目の前へと姿を現す。
(そっちは囮よ)
姿勢を低くし、レリアの視界から消えると、
懐から素早く、小さなペティナイフを抜き出した。
そして――
グサッ。
レリアの腹部へ、迷いなく刃を突き立てる。
ズッ――。
レリアの瞳が、大きく見開かれた。
ポタッ……ポタッ……
腹部から、人とも言えない黒い血が、ゆっくりと流れ出す。
「ふふ。その言葉、そのままそっくり返すわ、レリア。
気づいていなかったのは、あなたの方よ。
私に勝とうなんて、百万年早いんだから!」
アンネリーゼは余裕そうな笑みを浮かべ、レリアを挑発した。
そして、その挑発が――
レリアの理性を、完全に吹き飛ばした。
「ヴァ”ァ”ァ”ァ”ァ”~~~~!!」
咆哮が空気を裂き、
刺した傷口から“瘴気”が、どろどろと滲み出る。
「お”、ま”え”ぇ”ぇ”~~~ッ!!
私の身体に……傷を……つけた……なぁぁア”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ア”あ”!!
あの方が愛する、この身体に……!
許さない許さない許さない許さないぃぃぃぃぁぁア”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ア”あ”!!」
叫ぶたび、漏れ出た瘴気が黒い渦となって足元に集まり出す。
バチバチバチッ……!
巨大な黒百合の“蕾”が、
地面を突き破るように膨れ上がり、
レリアの全身を、ぬるりと飲み込むように包み込んだ。
「ふふふフ……ふふフ……ふふふ……」
蕾の中から、不気味な笑い声が漏れる。
それは、もはやレリアの声ではない。
王都全域に散っていた瘴気が、
黒い糸のように収束し、
螺旋を描きながら、蕾へと吸い込まれていく。
バチッ……バチバチバチッ……!
瘴気が濃すぎて、
空気そのものが黒い火花を散らす。
ドクン……ドクン……。
蕾の奥で、鼓動が鳴る。
それは心臓の音ではない――
“何かが孵化する音”。
(これは……さっきよりも、やばい……
どころじゃないわね……)
アンネリーゼは、生まれて初めて、
“死の気配”を真正面から感じていた。
手のひらは汗で湿り、
こめかみを一筋の汗が滑り落ちる。
心臓が喉までせり上がり、
身体が本能的に震えた。
ブルッ……。
(これは……武者震いよね)
自分に言い聞かせるように、
アンネリーゼは両手のメッザルーナを、強く握りしめる。
その刹那――
バサァァァアアッ!!
黒百合の花弁が、
一枚、また一枚と、生き物のように内側から捲れ上がり――
闇の底から、“何か”が姿を現そうとしていた。
✿いつもアンネリーゼを応援いただきありがとうございます(*.ˬ.)"
久しぶりのアンネリーゼ登場回でした✨
アンネリーゼは今日も包丁を手に目の前の敵に立ち向かっています♪
次回、明日8:10更新予定です♪
どうぞ、お楽しみに✨




