婚約よりもプリンが大事!?
「お前たち、婚約しなさい。」
……
………
「「は?」」
事の発端は、ほんの少し前に遡る。
ロックバードの住処を見つけたアンネリーゼは、ロックバードの卵を使ったプリンが食べたいと一人家を飛び出していき、ケルネリウスはイアンと今まで研究してきた内容について熱い談義を繰り広げていた。
そんなこんなで各々好きなことをして楽しんでいたのだが、とある出来事によって楽しかった時間は突然終わりを迎えることになる。
「これを見なさい。」
ダミアンがそう言って取り出したのは一通の手紙。
差出人にはグレゴリウス・アスデウスと書かれている。
「父……からですか。」
無言でうなずき、手紙をケルネリウスの前にすっと差し出す。
どうやら読むように、ということのようだ。
(なんで今さら……)
封筒から手紙を取り出せば、アンネリーゼも内容が気になっているのか後ろから覗き込んだ。
『神官騎士として働いていたお前でもいいと言っている令嬢がいる。
荒地セラフィエルに行くくらいなら帰ってきて結婚しろ。
それがお前のためでもあり、お前が我が家の役に立てる唯一の方法だ』
(昔から神官騎士に対して忌避感を持っている事は知っていたが……ここまでとはな)
ラファリエール公爵家に来て一ヶ月。
他の貴族たちが嫌がる神官騎士という役職も、ラファリエール領に住む人達からすれば“騎士=神官騎士”というイメージが強い。
そのため、すっかり忘れていたのだ。
ラファリエール領以外では神官騎士が疎まれる存在だということを……。
「神官騎士になってから結婚しろと何回か言われたことはあったが……まさか縁談まで持ってくるとはなぁ。」
送られてきた手紙をぐしゃりと握りつぶすケルネリウス。
それを見ていたアンネリーゼが獣のような低い声で唸る。
「ん゛ーん゛ー……」
急に唸り始めたアンネリーゼ。
ケルネリウスは何事かと振り向けば、腕の前で手を組み、目を瞑りながら左右にゆらゆらと頭を揺らしていた。
「ど、どうした?」
声をかければ、髪の奥で目がパチリと開き、隙間からこちらを見てくるアンネリーゼ。
(こ、こ、怖ッ……)
人形のように整った顔をしているからこそ、無表情のまま見つめられると背筋がゾクリとする。
……
………
………
しばらく見つめ合っていると、アンネリーゼがため息を吐いた。
「はぁ……そうね! リース。お父様の言う通り、取りあえず私と婚約するのはどうかしら?」
「は!?」
先ほどダミアンにも同じことを言われたが、まさかアンネリーゼからも同じ言葉が出るとは思っていなかった。
「まぁ、形だけよ。色々考えたの。
ケルネリウスは縁談が面倒。しかもアスデウス侯爵がこれで引くとは思えないし、
結婚して神官騎士を辞めるまで、この話は続くでしょ?」
「あ、あぁ。そうだな。」
「私はまた婚約破棄騒動に巻き込まれるのはごめんなの。
でもこのままで終わるとは思えないし。だったら――私とリースが婚約するのが一番丸く収まると思わない?」
頬に手を当てて首を傾げる姿はまさに美女そのもの。
だが中身を知っているケルネリウスにとっては、大きな調理器具を振り回す猛獣にしか見えない。
「だが……お前はまだ十四で、俺は二十二だ。
あまりに歳が離れすぎているし、アンナにはこれからいい相手が現れるんじゃないか?」
「まぁ、私こう見えて中身は四十歳のおばさんだし、年上が好きだからいいのよ。
それに結婚するわけじゃないんだし、リースに好きな人が出来た時考えましょう?
そんなことよりも私は今ロックバードのプリンが食べたいの!!
だからこの話はもう終わり!」
サラリと大事なことを言い放ち、「ロックバードの卵ちゃんが呼んでいるわぁ~」と部屋から飛び出していくと、そのまま厨房へと向かう。
厨房には既にロックバードの卵がキラキラ輝いた状態で置かれていた。
「ロックバードの卵は濃厚で黄身の香りが強いのよね~。
普通の鶏卵よりも卵黄が大きいし、絶対美味しいプリンになるはず♪」
業務用冷蔵庫から材料を次々取り出し、
手際よく鍋にミルクと砂糖を入れて温めていく。
とろりとした香りが立ち上り、厨房に甘い匂いが満ちていく。
「ふふ……この香り、幸せ~!」
湯気を浴びながら、アンネリーゼは満足げに微笑む。
彼女にとって料理は、祈りよりも大事な儀式。
(婚約とか縁談とかよりも――プリンが先でしょ!)
そんな心の声が聞こえてきそうな笑顔だった。
***
その夜。
ケルネリウスの前に、黄金色に輝くプリンが差し出された。
「じゃーん! ロックバードの卵プリン!」
「……まさか本当に作ったのか。」
「当たり前でしょ? 人生で大事なのは“タイミング”と“スイーツ”よ!」
スプーンを入れると、ぷるん、と心地よい弾力。
口に運べば、濃厚な卵のコクとカラメルのほろ苦さが舌の上でとろける。
「……っ! うまい……。」
「でしょー?」
アンネリーゼは頬を緩めて笑った。
「婚約とか難しい話はあとでいいの。
今は――甘い幸せを噛みしめる時間でしょ?」
その言葉に、ケルネリウスは何も言い返せなかった。
……確かに。
この笑顔の前では、どんな縁談も敵わない。
その姿を見慣れているのか、ダミアンとイアンは溜息をついた。
「えっと……本当にそれでよろしいのですか?」
「「アンナがいいと言っているし、いいんじゃないか?」」
明後日の方向を見ながら適当に相槌を打つ姿はアンネリーゼそっくり。
いや、アンネリーゼが二人に似ているのだろうか。
ケルネリウスは二人の様子を見て、もう相槌を打つしかなかった。
(アンナが言っていた四十歳とは一体なんのことなんだ…そっちの方が気になるんだが…。)
***
一方――。
アンネリーゼ達が追放されて、もうすぐ一ヶ月が経とうとしているころ。
王城の至る所では、異常が起き始めていた。
「おい、最近魔物が増えていると思わないか?」
被害という被害は出ていないが、小さなネズミの魔物――ムスクルスが、
あちこちで出現していた。
ムスクルス自体は小さいため、騎士団の持っている浄化を施した剣で倒すことは可能だが、
ここ数年、魔物が入り込んだことのない王城ではちょっとした騒ぎになりつつあった。
「確かに増えているな。大聖女様は一体何をしているんだ……。」
「さぁな……。最近アウローラ大神殿を出入りする神官や聖女も減っているという噂だぞ?
あとは夜な夜な、男女の営みの声が聞こえるとか……。誰も怖くて近づけないらしい。」
違和感には気づいているものの、
大聖女が“変わっている”ことに気づいている者は、誰一人としていなかった。
そして、王城がそんな事になっていることも知らず――
アンネリーゼは溶けるような笑顔で、ロックバードのプリンを食べているのだった。
「んふふふ~。幸せぇぇ!!」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
自分の婚約はどうでもいいアンナ。
なんとプリンのために適当に婚約まで進めてしまいました。
これにて第二章完結です。
次回、アンナの過去が少し明らかになります。
21:10更新予定です♪
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