食いしん坊聖女。
はじめまして。ゆずこしょうです。
小説家になろう。初投稿です。
初回5話更新します。
よろしくお願いいたします。
「さぁ、今日は何を作りましょうか!!」
包丁を握る指先に、油と香草の香りが微かに残る。
その香りが、今日もきっと“美味しい一日”になると告げていた。
彼女がまだ知らない――
この日の“ご飯の時間”が、後に王都全体を巻き込む騒動の始まりになることを。
――――――――――――
アウローラ大神殿。
ルシフェール国王城のすぐ隣に位置し、
大聖女という地位を授かった者と、大聖女に認められた聖女・神官だけが祈りを捧げることができる――特別な場所。
そんな大神殿の調理場で、包丁を片手に持ち、
「うーん」とうなりながら何を作ろうか考えている少女がいた。
アンネリーゼ・ラファリエール、十四歳。
今まで多くの大聖女を輩出してきたラファリエール公爵家の長女にして、
歴代聖女の中でもトップクラスと名高い実力者である。
ルシフェール国では珍しい白金の髪に、透き通った白い肌。
全てのパーツが左右対称で、人形のように整った顔立ち。
少し垂れ目がちな瞳が、儚げな雰囲気を漂わせていた。
――右手に持っているのが包丁でなければ、完璧な淑女だっただろう。
「今日のメニューはホーンラビットの照り焼きなんてどうかしら?
淡白なお肉だから油は少ないけど、その分、甘辛いタレと相性抜群なのよ。んふふ……それに、ちょっと焦がしたお醤油の匂いが最高なのよね。んふふ……」
すでに頭の中は完成された味のイメージでいっぱいらしい。
美しい唇の端が、きらきら輝いている。
「はぁ……アンネリーゼ。とりあえず、その手に持ってる包丁を置いてくれないか。
緩みきった顔で包丁を振られると、怖いんだ。いろんな意味で。」
ため息を吐いたのは、金髪に赤い瞳の青年――ケルネリウス・アスデウス。
端正な顔立ちだが、アンネリーゼのように整いすぎた神秘性はなく、
どこか人間味のある安心感を与えるタイプだ。
「一々うるさいわね。別に調理場を誰が使おうが、その人の勝手でしょう?
神殿の食事は聖女や神官の仕事なんだから。」
大神殿に限らず、神殿には料理人はいない。
すべての料理を新人神官や新人聖女が担うのが通例だ。
だが、アウローラ大神殿だけは違う。
「お前は大聖女なんだぞ!? 周りの手本となるように――って聞いてるのか!?」
大聖女自ら調理場に立ち、嬉々として料理を作る。
その姿は他の神殿の人たちに衝撃を与え、
結果“食いしん坊聖女”などというあだ名がついたのだった。
「はいはい。聞いてますよ……っと。」
アンネリーゼは、返事をしながらも手を止めない。
包丁の刃を上に向け、ホーンラビットの肉をドンッと叩いた。
「別にいいじゃない。美味しい料理を作れるのは大切なことよ。
炊き出しもあるんだし、立派なお手本になってるわ! ねぇ? そう思うでしょ?」
アンネリーゼが周りを見渡すと、新人たちは青ざめながら素早く首を縦に振った。
包丁をドン、ドン、ドンと叩きつける姿は鬼そのもの。
純白の聖女衣装には赤い飛沫が散り、まるで戦場帰りだ。
新人の一人は、寒気を誤魔化すように腕を擦っている。
しかしアンネリーゼは気にも留めず、料理を続けた。
「はぁ……また汚して。それ落ちないぞ? 何度言えば――
魔物討伐するときはもっと慎重に行動しろって、また新調しなきゃじゃないか!」
ケルネリウスの言葉に、空気が一瞬止まる。
(……今、“魔物討伐”って言った!?)
「「「(いや、聖女が討伐!?!?)」」」
新人たちの心の声がぴたりと揃った。
それを察したのか、アンネリーゼが口角を上げる。
「んふ……“慎重に行動しないから新調しないといけない”って。
ふふっ、面白いわね。」
「「「(いや、そっちかーい!!)」」」
ツッコミを入れたい新人たちだったが、誰も声には出さなかった。
やがてホーンラビットの肉が光り輝き始める。
瘴気を纏っていたそれは、アンネリーゼの手によって浄化され、
瑞々しい輝きを放つ肉へと変わっていった。
「いい艶、いい弾力……新鮮な証拠ね。」
アンネリーゼはうっとりと笑い、
その姿を見た新人たちは、頬を赤らめる。
昔から、アンネリーゼは“食”の話になると途端に艶っぽくなる。
その勘違いで、恋に落ちた神官は数知れず。
「大聖女になったら、あんな風になれるのね……」
誰かがぽつりと呟くと、ケルネリウスが苦笑した。
「いや、あれはアンネリーゼだけだ。あいつは天才だからな。
教えてもらおうと思っても無駄だぞ。
何人も挑戦したが、皆すぐに挫折した。」
ルシフェール国を含むゴエティア大陸には、
“隣人”と呼ばれる魔物や魔人が存在する。
だが、その呼び方は表向きのもの。
実際は、瘴気を撒き散らし、生物を魔物化させる恐ろしい存在だ。
そんな魔物を討伐し、浄化を行うのが――聖女と神官騎士。
聖女には階位があり、
大聖女 → 中聖女 → 聖女 → 聖女見習い、
神官は大神官 → 神官騎士 → 神官 → 神官見習い、と続く。
大聖女は国でもごく少数。
アンネリーゼのように、王都全域を一人で浄化できる聖女は例外中の例外だった。
だが、本人はそんなことなど気にも留めず――
今日もただ、美味しいご飯のことだけを考えているのであった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
アンネリーゼの“食いしん坊っぷり”、伝わったでしょうか?
次回はホーンラビットの照り焼き、登場です!
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