第十七話:黒がみるもの
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レクサノスとの戦は、長引いていた。
国境線は、すでに形を失っている。
奪って、奪われて、押し返して。
どちらが優勢かを、数字でしか測れない段階に入っていた。
だからこそ――
呼ばれた。
十神槍の長、
ハルガン・レイノルト。
戦場に彼が出るということは、
それだけで意味を持つ。
この戦場は、
放置できない。
◇
黒い鎧が、前線に立つ。
圧が、変わる。
空気が、締まる。
周囲の兵は、言葉を失う。
それが、いつものことだった。
「……敵の主力は?」
短く問う。
「既に、投入されています」
「配置は?」
「こちらの想定通りに――」
そこまで聞いて、
ハルガンは視線を上げた。
白。
遠目に、
異様な色が動いている。
最初に目に入ったのは、
サイズだった。
でかい。
比較にならない。
人の形をしているが、
戦場の基準で測る存在ではない。
「……なんだ、あれは」
誰かが、呟いた。
ハルガンは答えない。
視線を、外さない。
白い影が、前に出る。
指示はない。
号令もない。
それでも、
そこが“要点”だと分かる位置に立つ。
次の瞬間。
戦線が、割れた。
派手ではない。
速さも、誇張されていない。
ただ――
必要な場所に、
必要な動きだけが置かれていく。
敵の主力が、崩れる。
連携が、途切れる。
気づいた時には、
レクサノス側の前線は、形を失っていた。
「……終わった、のか?」
誰かの声が、掠れる。
ハルガンは、静かに息を吐いた。
自分が来た理由は、
まだ残っているはずだった。
主力。
切り札。
ここを押さえるために、
自分は呼ばれた。
だが――
その必要は、
もう、なかった。
黒は、動いていない。
剣も、槍も、
一度も振るっていない。
白だけが、
戦場を終わらせていた。
近くにいた兵が、
恐る恐る言った。
「……白の、死神です」
ハルガンは、眉一つ動かさない。
「名前は?」
「……名乗らないそうです」
白い影が、
ゆっくりと戦場を離れていく。
誰も、声をかけない。
誰も、近づかない。
ハルガンは、
その背中を、最後まで見ていた。
強い。
それだけではない。
制度の外にいる。
常識の外にいる。
そして――
壊れている。
黒い兜の奥で、
ハルガンは、確信する。
――これは、放っておく存在ではない。
◇
戦場が、静まる。
勝敗は、もう決まっていた。
黒は、ようやく一歩踏み出す。
自分が出る幕が、
なかった戦場で。
白を、見つけてしまった。




