第十五話:名前をよぶ前に
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部隊は、思ったより少人数だった。
新兵が多い。
装備も、まだ新しい。
それでも、整列した彼らの視線は、
一点に集まっていた。
白い鎧の前に。
「……あ、あの!」
最初に声を上げたのは、
一番若い兵だった。
緊張で、声が裏返っている。
「俺、噂で聞いてました!
白の巨人の部隊に入れるって!」
周囲が、どっと笑う。
「おい、言い過ぎだろ!」
「でも本当だろ!」
誰かが言う。
「前の戦、見ました!
あれ、一人で戦線ひっくり返してましたよね!」
サダオミは、何も言わない。
兜の奥から、彼らを見る。
若い。
生きている。
「俺たち、運がいいですよね!」
別の兵が、無邪気に続ける。
「こんな人の下につけるなんて!」
「生きて帰れますよ、絶対!」
自信満々の声。
根拠はない。
だが、不安もない。
サダオミは、口を開いた。
「……前に出すぎるな」
それだけだった。
一瞬、空気が止まる。
だが、すぐに誰かが笑う。
「分かってますって!」
「ちゃんとついていきますから!」
その言葉が、
なぜか胸に残った。
移動中も、彼らはよく喋った。
家族の話。
帰ったらやりたいこと。
酒場の噂。
「終わったら、あの店行きません?」
「俺、金貯めてて!」
未来の話ばかりだった。
野営。
火を囲み、
乾いたパンを齧る。
誰かが、ふと聞いた。
「……名前、聞いていいですか?」
サダオミは、少しだけ間を置いた。
「サダオミだ」
それ以上は、言わない。
部下たちは、嬉しそうに頷いた。
「俺は――」
「俺は――」
名前が、次々に出る。
サダオミは、
覚えようとしなかった。
覚えてしまうと、
後が困る。
◇
命令は、あっさり下った。
「白は、こちらだ」
指が示すのは、
主戦線。
「残りは、別方向から回り込め」
地図上では、
合理的な配置だった。
「……了解しました」
誰かが言う。
誰かが、サダオミを見る。
期待と、信頼。
一瞬だけ、
言葉が喉まで上がった。
だが、
出なかった。
命令は、命令だ。
戦場は、騒がしかった。
白い鎧は、前に出る。
斬る。
押す。
崩す。
いつも通りだ。
戦線は、予定より早く終わった。
だが――
◇
戻った場所には、
誰もいなかった。
倒れた兵。
崩れた陣。
血の匂い。
声を出そうとして、
やめた。
名前を、
一つも呼べなかった。
呼ぶ前に、
終わっていた。
サダオミは、立ち尽くす。
白い鎧が、
戦場の真ん中に立っている。
生き残ったのは、
一人だけだった。
刀を、下ろす。
遅かった。
それだけだ。
白い影は、
何も言わずに、前を向く。
次は、
もっと前に出る。
そうしなければ、
また、同じことが起きる。




