表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
一騎大国
90/120

第十二話:白の巨人




戦場は、一つでは終わらなかった。


街道。

村外れ。

砦へ続く野。


呼ばれ、出て、戻る。

白い鎧は、常に前に立たされた。



踏み込めば、斬れる距離。

だが、踏み込まない。


間合いを奪い、

圧をかけ、

逃げ場だけを残す。


賊は散る。

死者は出ない。


捕縛。

武装解除。

縄。


初陣の頃に比べ、

判断は早くなっていた。


巨躯にも、間合いにも、慣れてきている。



「……白の巨人、か」


近くで見た兵が、思わず呟いた。


胸部に埋もれる人影。

顔の見えない兜。

異様な静けさ。


恐怖ではない。

ただ、理解が追いつかないだけだ。


白い鎧は、応えない。

応える必要がなかった。



戦場が変わっても、やることは同じだった。


殺さない。

逃がさない。


――初陣で、取り逃がした一人を除いて。



夜。

川原。


街の灯が、川向こうに見えていた。


酒場のあたりは、今日も賑わっているだろう。


人が集まり、

金が落ち、

噂が巡る。


だが、もうそこはサダオミの場所ではない。



白い鎧の表面を、布で拭く。


血はない。

汚れだけが、ゆっくり落ちていく。


「……守ってる」


呟く。


誰に言い訳しているのか、自分でも分からない。

それでも、不殺は守れている。



酒場では、いつもの席が空いていた。


「……今日も来てねぇな」


派手な外套の男が、気楽に言う。

サリド・ヤンだ。


「……ああ」


短く応じたのは、静かな男。

ライアス・カッファ。


二人は、踊り子に会いに来ていた。

だが、その姿はない。



「最近さ」


酒を待ちながら、サリドが軽く言った。


「入ったばっかの新人で、面白いのがいるらしいぜ」


「……新人?」


「でかい白い鎧のやつ」


「ふぅん」


本来なら、そこで終わる話だった。


だが、サリドは思い出したように付け足す。


「どうやら、ここの踊り子の彼氏だって話も出てるらしい」


一瞬。

本当に一瞬だけ、間が空いた。


「……そうか」


ライアスは、それ以上聞かなかった。


否定もしない。

肯定もしない。


ただ、杯を傾けただけだった。



その夜。

酒場が襲われた。



理由は単純だった。


最近、儲かっている。

人が集まっている。


それだけで、十分だった。


刃物。

怒声。

割れる瓶。


灯が、揺れる。



「やめろ!」


ダンは、前に出た。

年相応の身体で。


抵抗はした。

だが、刃は止まらなかった。


床に、血が落ちる。



賊は、取り押さえられた。


錯乱していた。

意味の通らない言葉を叫び、

何度も首を振る。


「来る……」

「白だ……」

「殺される……」


周囲の者たちは、顔を見合わせた。



近隣に、白い鎧の兵が展開している。

その情報が、すぐに共有される。


これは、ただの酒場襲撃ではない。

そう判断されるには、十分だった。



夜明け前。

白い鎧は、街道を進んでいた。


次の配置へ向かう途中だった。


歩調は一定。

巨体に、無駄はない。


「――白の巨人!」


背後から、切羽詰まった声が飛ぶ。


「酒場の件だ」

「捕まえた賊が、白を見て怯えている」


そこまで聞けば、十分だった。



白い影が、弾ける。


地を蹴り、

街道を割り、

夜の空気を引き裂いて走る。



酒場。


瓦礫。

割れた杯。

血の跡。


灯は、完全に消えていた。



縄に縛られた男が、床に座らされていた。


扉口に、白い巨体が立った瞬間――

男の反応は、即座だった。


「ひっ……!」


息が詰まり、

身体が跳ね、

必死に後ずさる。


視線は、

顔ではない。

武器でもない。


白い鎧そのものに、貼りついている。



武装は、ない。

刃も、ない。


それでも男は、

今度こそ殺されると、

本気で思っている。



その反応を見て、

サダオミは悟った。


顔ではない。

名前でもない。


――あの夜だ。


巨大な白い鎧に、

制圧されかけ、

辛うじて逃げおおせた、

あの恐怖。


それを、

この男は覚えている。



違っていてほしい、と一瞬だけ思った。


だが、

否定できる理由は、

一つも浮かばなかった。



白い鎧の胸部に、額を当てる。


言葉は、出なかった。


守ろうとした。

判断も、間違っていない。

不殺は、破っていない。


――それでも、死んだ。



理解してしまう。


自分は、殺していない。

だが、

恐怖を刻み込んだ。


その恐怖が、

人を殺した。



胸の奥で、

何かが軋む。


誓いは、まだ捨てられない。

捨ててはいけない。


それだけは、はっきりしている。


だが――


このままでは、

いずれ、同じことが起きる。


その予感だけが、

重く、確かに残った。



白い影は、立ち上がる。


答えは、まだ出ない。

だが、

問いから逃げることはできなかった。


それでも、

歩みは止めない。


止まれば、

今までのすべてが、

無意味になる。



白い影は、

再び前へ出る。


誰も、

それを引き止めなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ