第十二話:白の巨人
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戦場は、一つでは終わらなかった。
街道。
村外れ。
砦へ続く野。
呼ばれ、出て、戻る。
白い鎧は、常に前に立たされた。
◇
踏み込めば、斬れる距離。
だが、踏み込まない。
間合いを奪い、
圧をかけ、
逃げ場だけを残す。
賊は散る。
死者は出ない。
捕縛。
武装解除。
縄。
初陣の頃に比べ、
判断は早くなっていた。
巨躯にも、間合いにも、慣れてきている。
◇
「……白の巨人、か」
近くで見た兵が、思わず呟いた。
胸部に埋もれる人影。
顔の見えない兜。
異様な静けさ。
恐怖ではない。
ただ、理解が追いつかないだけだ。
白い鎧は、応えない。
応える必要がなかった。
◇
戦場が変わっても、やることは同じだった。
殺さない。
逃がさない。
――初陣で、取り逃がした一人を除いて。
◇
夜。
川原。
街の灯が、川向こうに見えていた。
酒場のあたりは、今日も賑わっているだろう。
人が集まり、
金が落ち、
噂が巡る。
だが、もうそこはサダオミの場所ではない。
◇
白い鎧の表面を、布で拭く。
血はない。
汚れだけが、ゆっくり落ちていく。
「……守ってる」
呟く。
誰に言い訳しているのか、自分でも分からない。
それでも、不殺は守れている。
◇
酒場では、いつもの席が空いていた。
「……今日も来てねぇな」
派手な外套の男が、気楽に言う。
サリド・ヤンだ。
「……ああ」
短く応じたのは、静かな男。
ライアス・カッファ。
二人は、踊り子に会いに来ていた。
だが、その姿はない。
◇
「最近さ」
酒を待ちながら、サリドが軽く言った。
「入ったばっかの新人で、面白いのがいるらしいぜ」
「……新人?」
「でかい白い鎧のやつ」
「ふぅん」
本来なら、そこで終わる話だった。
だが、サリドは思い出したように付け足す。
「どうやら、ここの踊り子の彼氏だって話も出てるらしい」
一瞬。
本当に一瞬だけ、間が空いた。
「……そうか」
ライアスは、それ以上聞かなかった。
否定もしない。
肯定もしない。
ただ、杯を傾けただけだった。
◇
その夜。
酒場が襲われた。
◇
理由は単純だった。
最近、儲かっている。
人が集まっている。
それだけで、十分だった。
刃物。
怒声。
割れる瓶。
灯が、揺れる。
◇
「やめろ!」
ダンは、前に出た。
年相応の身体で。
抵抗はした。
だが、刃は止まらなかった。
床に、血が落ちる。
◇
賊は、取り押さえられた。
錯乱していた。
意味の通らない言葉を叫び、
何度も首を振る。
「来る……」
「白だ……」
「殺される……」
周囲の者たちは、顔を見合わせた。
◇
近隣に、白い鎧の兵が展開している。
その情報が、すぐに共有される。
これは、ただの酒場襲撃ではない。
そう判断されるには、十分だった。
◇
夜明け前。
白い鎧は、街道を進んでいた。
次の配置へ向かう途中だった。
歩調は一定。
巨体に、無駄はない。
「――白の巨人!」
背後から、切羽詰まった声が飛ぶ。
「酒場の件だ」
「捕まえた賊が、白を見て怯えている」
そこまで聞けば、十分だった。
◇
白い影が、弾ける。
地を蹴り、
街道を割り、
夜の空気を引き裂いて走る。
◇
酒場。
瓦礫。
割れた杯。
血の跡。
灯は、完全に消えていた。
◇
縄に縛られた男が、床に座らされていた。
扉口に、白い巨体が立った瞬間――
男の反応は、即座だった。
「ひっ……!」
息が詰まり、
身体が跳ね、
必死に後ずさる。
視線は、
顔ではない。
武器でもない。
白い鎧そのものに、貼りついている。
◇
武装は、ない。
刃も、ない。
それでも男は、
今度こそ殺されると、
本気で思っている。
◇
その反応を見て、
サダオミは悟った。
顔ではない。
名前でもない。
――あの夜だ。
巨大な白い鎧に、
制圧されかけ、
辛うじて逃げおおせた、
あの恐怖。
それを、
この男は覚えている。
◇
違っていてほしい、と一瞬だけ思った。
だが、
否定できる理由は、
一つも浮かばなかった。
◇
白い鎧の胸部に、額を当てる。
言葉は、出なかった。
守ろうとした。
判断も、間違っていない。
不殺は、破っていない。
――それでも、死んだ。
◇
理解してしまう。
自分は、殺していない。
だが、
恐怖を刻み込んだ。
その恐怖が、
人を殺した。
◇
胸の奥で、
何かが軋む。
誓いは、まだ捨てられない。
捨ててはいけない。
それだけは、はっきりしている。
だが――
このままでは、
いずれ、同じことが起きる。
その予感だけが、
重く、確かに残った。
◇
白い影は、立ち上がる。
答えは、まだ出ない。
だが、
問いから逃げることはできなかった。
それでも、
歩みは止めない。
止まれば、
今までのすべてが、
無意味になる。
◇
白い影は、
再び前へ出る。
誰も、
それを引き止めなかった。




