表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
火の国
9/57

真相  ☆

 



 ■




 ───翌朝。


 ようやく機嫌の直った劉生の前に定臣と小夜子が正座する。

 二人の約束の内容を知らされていない小夜子の頭上には『?』が点灯していたが、二人の醸し出す雰囲気から自然と姿勢を正していた。


 まずは───と前置きした後に、定臣が小夜子に果し合いの裏にあった約束の内容を告げた。私のためにあんな無茶をしたのかと、涙ぐむ小夜子の頭を定臣がいつものように撫でて落ち着かせた後、それを見計らって劉生がおもむろに口を開いた。


「まず始めに言っておくが───俺はこの事を墓場まで持っていくつもりだった。だから今まで隠していたのは小夜子が黒曜の姫であった事には関係ない」


 何を知っても気に病む必要は無い───と小夜子に前置きをした後に劉生は記憶を語る。


 轟劉生は昨日の果し合いで死んだ。だから今から語られる事は尊迩栄の将軍の言ではなく、ただ真実を知る者の言だということ……




 ◇




 ───尊迩栄という国の印象は、誰に聞いても冷酷な女王が統べる極めて好戦的な国家というものだろう。それは他国の情報操作もあったが、自衛のために女王自らが広めた噂のせいでもあったのだ。


 尊迩栄は侵略行為を行った事は過去に一度も無く、尊迩栄に滅ぼされた国家は、尊迩栄に攻め入って返り討ちにあった国家ばかりだ。


 それを頭に置いてこれからの話を聞け───そう劉生は告げた。


 

 ───俺と尊迩栄の女王、雪乃ゆきのは幼馴染だった。


 俺の父が先代尊迩栄王の近衛隊長をしていたせいもあって、幼い頃から多くの時間を共に過ごしていた。


 俺と雪乃の間にはある約束があった。約束が交わされたのは互いに十歳になった年の事だった。


 当時の尊迩栄は弱小国家で、周辺諸国の侵略にいつも脅かされていた。そんな中でも雪乃の父である、先代王は雪乃をよく可愛がっていて月に一度は時間を作り、城の近くの山まで近衛隊を引き連れ雪乃を遊びに連れていっていた。


 そこを狙われたのだ。狙った国の名は塞泰迩そくたいじ。後にわかった事だが、影で糸を引いていたのは漢遼迩だった。


 尊迩栄、漢遼迩、塞泰迩の三国は刀の原産国として名を馳せており、中でも尊迩栄の刀は世界最高として名高かった。


 ───事情がわかれば話しは簡単だ。三国の内、軍事力が群を抜いていた漢遼迩は塞泰迩が自国に降る条件として、尊迩栄の首を差し出せと指示していたのだ。


 刀の益を手中に治めれば軍事面でも生産面でも天下統一により一層近くなる。塞泰迩が尊迩栄に返り討ちにあい、滅亡するならばそれも良し。───その後に改めて尊迩栄を滅ぼせば済むだけの話。


 どちらに転んでも漢遼迩の思いのままだった。例え、両国が手を組んで敵に回ったとしても、圧倒できるだけの軍事力を当時の漢遼迩は持っていた。


 ───暗殺と呼ぶにはあまりに目立つ人数だった。


 多勢に無勢……近衛隊は壊滅───俺の父もその時に王と雪乃を逃がして死んだ。王の護衛はもはや俺だけだった。


 年齢を言い訳にするつもりは無い。敵の最後の一人を仕留め損なったのだ。


 ───その一人が王に致命傷を負わせた。


 絶命する前になんとか城に辿りついた王は、俺に『飛鳥』を授けるとこう言った。


 ───雪乃を頼む……───尊迩栄を頼む……と。


 俺が頷くと、王は安らかな笑顔を浮かべたまま逝った。


 互いに父親を無くした俺と雪乃だったが、絶望している時間は与えられなかった。


 ───王がいない国は滅亡の一途を辿る。


 自分達がなんとかしなければならないと。だから約束した。


 ───俺がお前を守る。 

 ───わらわがお主を守る。


 と

 

 そして


 ───二人で尊迩栄を守る。


 と

 

 約束を交わした後、俺は飛鳥に雪乃は父の王冠にそれぞれ誓いあった。


 そこまで話すと劉生は『まだ10歳だった雪乃は父の王冠が頭に合わず、鼻まで降りてきてしまっていたな』と目を瞑り微笑んでいた。

 

 しばらく話しを止めていた劉生だったが、二人が無言で続きを促していたのでぽつりぽつりと、その先を語り始めた。




 ◇




 ───ここから先は修羅の道だ。


 だから涙を流すわけにはいかないと、刀と王冠に誓いあった後、互いの涙を溜めて交換して飲み干した。


 ───それで覚悟が決まった。


 雪乃の判断は迅速かつ正しいものだった。


 翌日には王が病気で急死したとおふれを出し、自らが女王に即位した事を周辺諸国に伝えた。


 そして俺は……


 ───塞泰迩の民を一人残らず殺した。


 ───塞泰迩という国をこの世から消した。


 言い訳はしない。それが俺なりの雪乃を守るという事だった。尊迩栄を守るという事だった。


 当時から情報操作の才が秀でていた雪乃は、すぐ様にそれを女王の凶行として広めた。


 それが雪乃なりの俺を守るという事だった。尊迩栄の守り方だった。


 王が交代して突然、好戦的になった尊迩栄を他の周辺諸国も恐れた。


 ───故に侵攻する。


 そこからは侵攻される度に国を一つ消していった。


 四つ目の国を消した辺りで軍事力が安定した尊迩栄は、俺の単独での活躍を必要としなくなった。俺は雪乃の指示で戦線から遠ざけられた。それが雪乃なりの俺を守るということなのだと、理解した俺はその指示に従った。


 そこからの俺の立場は周知の通りだ。女王に害が及びそうな時と、国を賭けた決闘にのみ出陣する女王の懐刀。それに相違はない。


 だが俺が戦線を離脱する事によって雪乃に変化が訪れた。俺の凶行を自らが被るのでは無く、自らの指示で凶行を起さなければならなくなったからだ。


 俺はあの時───雪乃の指示に従った事を今でも後悔している。優しい彼女がそんな事に耐えられるはずが無かったのだ。


 雪乃は自らが作り上げた俺を守るための虚像を、一つの人格として持つようになってしまった。


 ───噂に違わぬ残虐な女王の人格は、尊迩栄の民が傷つけられる事によって発現する。


 雪乃を守ると言った俺がその人格に気がついたのは、当面の敵国を残す所、漢遼迩のみとした段階だった。


 責任はとらなければならない。俺は漢遼迩を尊迩栄の民を傷つける事なく、降伏させるしかないと思った。


 ───そして選んだ手段が国を賭けた決闘だった。


 漢遼迩の緒方刀座は素晴らしい人格者だった。自身の国の民が傷つく事を憂い、上層部を説得して俺との一騎打ちに応じたのだ。


 当時、今の高みまで届いていなかった俺にとって緒方刀座は強敵だった。しかし負けるわけにはいかなかった。あの時、勝てたのは今でも運が良かったとしか思えない。


 勝負は紙一重だった。勝ちはしたものの俺は傷つき、その場で動けなくなってしまった。


 その姿を雪乃が見てしまったのだ。雪乃にとっては俺もまた尊迩栄の民の一人だったのだ。そして漢遼迩がどうなったかは───周知の通りだ。




 ◇




 漢遼迩が滅亡した事により、尊迩栄、火の国、白蓮、黒曜の四つ巴状態に突入した世界は、互いに睨みを効かせつつも一様の平静が保たれていた。


 民さえ傷つかなければ雪乃は変貌しない。ずっと走り続けてきた俺達は初めて安らぎの時間を手にいれた。こんな時間がずっと続けばいい……心の底からそう思った。


 ───そんな矢先、俺を暗殺しようとする事件が多発した。


 いくら情報操作で『虐殺に轟劉生は関係なし』と謳ったところで、所詮は尊迩栄の将軍。流言だけで俺を守るなど不可能だった。もはや限界だったのだ。


 滅ぼされた国の生き残りの怒りの矛先が、雪乃より届きやすい俺に向かうのは当然の事だった。


 暗殺を阻止する度に『構わない』と言う俺に、雪乃はいつも申し訳なさそうにしていた。


 そこにあいつが現れた。


 たった一人で国境を三つも越え───当時、虐殺の大国として名を馳せていた尊迩栄の城にまで、まるで世間話でもしに来たかの様な態度で、平然と現れたその男の名は……


 ───羅刹。火の国の王だった。


 取り囲む兵達を一人も殺す事無く薙倒し、俺と雪乃の前に現れたあいつはこう言った。


 ───四つ巴の均衡が近い内に崩れると


 話しを続けようとした羅刹に、俺は迷う事無く斬りかかった。


 応じた羅刹と数合斬りあった後、雪乃が二人に話を聞きたいと待ったをかけた。


 羅刹の話しによれば白蓮と黒曜との間に婚礼が設けられ、近々に同盟が組まれるとの事だった。


 同盟が成されれば、どちらが先にせよ間違いなくいずれは尊迩栄に侵攻してくる事は言われるまでもなく理解できた。


 顔を見合わせた俺と雪乃に羅刹はこう話した。


 ───先に私達で同盟組んじゃいましょう……と


 何を馬鹿なと、再び羅刹を斬り伏せようと構え直した俺に対して、雪乃はその妙案に乗ると申し出た。


 驚いた俺に対してすまないと一言断りを入れた後、羅刹に対して同盟を組む条件を告げた。それを聞いた俺は我が耳を疑った。


 一つに───尊迩栄を属国とし、名を火の国に統一する事。


 そしてもう一つに───轟劉生を追放し、今後一切の軍事関与を認めない事。


 ───雪乃、お前は尊迩栄を捨てるつもりか!?そして俺はもうお前にとって用済みなのか?


 雪乃の肩を揺らしながら問いただした俺に、雪乃は涙を流しながら答えた。


 ───国とは民じゃ……民さえ守れるのならば名などどうでもよい……───それに劉生……そなたを守るにはもうこうするしかないのじゃ───


 と


 この時には俺はまだ、雪乃が何を考えているのか理解できていなかった。

 ただ───その言葉には想いが籠められていた。頭の良い彼女の事だ。俺の考えが及ばない所でなにか閃いたのだろうと、必死に自分を納得させた。

 

 後になってわかった事だが、雪乃は国の名を火の国と統一する事によって一つの大国を作り上げ、他の二国と争う事無く、平穏を勝ちとる事を狙っていた。


 白蓮、黒曜が同盟を組んだ所で大国となった火の国の戦力には遥かに届かず、戦うまでもなく結果は見えていたからだ。そして羅刹の思惑もそこにあった。

 

 そしてもう一つの思惑は、尊迩栄の民から尊迩栄の国民であるという事実を無くしたかったのだ。もはや尊迩栄という名は、恨みの対象を示すと言っても過言でない程に当時は忌み嫌われていた。


 現尊迩栄の民と元尊迩栄の民とでは勝手が違ってくる。今のまま尊迩栄を名乗り続ければ、いらぬ弊害が民に及ぶ事は目に見えて明らかだったのだ。


 俺の追放もそれと同義だった。もはや尊迩栄に轟劉生有りと世界中が知っていた。国の名が変わっても轟劉生と尊迩栄の関係を絶つ手段にはならない。だからこその追放だった。


 後の公表では、あくまで俺が女王を見限った事になっていた。情けない事に俺が雪乃の真意に気がついたのは、その公表があってからの事だった。


 だが───雪乃と羅刹の思惑であった無血解決はこの日の夜に早々に頓挫した。


 同盟の約束を取り付け、早々に他の二国に発表しようと羅刹は帰国していった。事件はその日の夜に起こった。


 同盟を組むなり、尊迩栄に仕掛けようと国境に配置されていた黒曜の兵が、勇み足のせいか命令系統が疎かだったのか、同盟締結の前日に事を起してしまったのだ。


 黒曜の兵によって国境付近の尊迩栄の村が一つ襲撃され


 ───そして皆殺しにされた。


 報告を受けた雪乃は変貌した。そうなると、もはや誰も彼女を止められなかった。


 翌朝には黒曜という国が世界から消滅していた。




 ◇




 そこで劉生は話をきって、小夜子の様子を伺う様にに見ていた。小夜子は視線を落とすと一言


「それが真実……」


 と呟き、劉生に大丈夫ですと目配せをして続きを促した。




 ◇


 


 黒曜が滅んだ事により白蓮が無条件降伏を余儀なくされ、世界は統一された。それぞれが望んだ結果と異なったとしてもそれは事実だ。 


 羅刹が黒曜を滅ぼしたのは、あくまで自分の指示だったと言い放ったのは同盟を組んだ女王を守るためと、自らの罪滅ぼしのつもりだったのだろう。


 ───後数日早ければこんな事は起させていなかったと。


 統一された世界で、雪乃は余すところ無く己の才を発揮していった。


 神王通信を考えついたのも雪乃だった。しかし神王通信が今ほど浸透するよりも早く、民の間では女王に責任を問えという声が高まっていた。


 羅刹が最初に訪れた時にそこまで予測していた雪乃は、当初の予定通りに裁判にかかり、そして処刑された───しかしそれはあくまで表向きの話しだ。羅刹が人気程に顔が知れていない様に、雪乃の顔を知る者も他国にはいなかった。


 尊迩栄の民は雪乃の顔を知っている。だからこそ雪乃は名を改め、民に見える位置で活躍を続けた。元尊迩栄の民達が雪乃の生存を密かに確認し、怒りで内乱を起さないためにと───


 ───そして雪乃は神王通信を通じて今も俺を守っている。


挿絵(By みてみん)




 ◇ 




 ───もっと取り乱すかと思っていた。話を聞き終えた私は自分でも驚くくらい冷静だった。


 ───黒曜は自らの過ちを償って滅んだだけだったのだ。


 定臣に許されたお陰で前向きになれてはいたものの、やはり心のどこかで後ろめたさを感じていた小夜子にとって、この事実は何よりの救いとなった。


 目を瞑りスッと息を吸う───うん、私は大丈夫。それよりも今は轟劉生の話しを聞いて気になった事があった。




 ◇




 これで話しは終わりだと告げた劉生に、小夜子の手をすっと握りながら定臣が聞いた。


「それで雪乃さんは今はなんと名乗ってるんです?」


「今はまいと名乗っている」


「それって!?」


 劉生の言葉を聞いて小夜子が即座に反応した。


 ───火の国の神王羅刹の正室 舞。


 神王通信に羅刹、劉生の二人と肩を並べる程によく出てくる人物の名だった。


 一夫多妻を王に望む民衆の声は強いものの、羅刹は頑なにそれを拒み続け、正室の舞に一途に振舞っている。その事は火の国の民ならば誰もが知っていた。その舞が元尊迩栄女王、雪乃だと劉生は言った。




 ◆




 ── あぁ、なるほど。だから師匠は雪乃さんから離れたままなのか。結婚して大事にされている。だから自分は近くにいるべきではないと……


 一度はそんな風に納得してはみたものの、すぐに疑問符が浮かぶ。


 師匠が女王の真意に気がついたのは女王が処刑され、神王通信が普及してからだと言った。


 確かその頃にはもう、羅刹と舞は結婚していたはず。処刑されて神王通信が普及した時点で、女王と距離を置いた目的は達成されてるわけだから、師匠が火の国と距離を置く必要ってないよな?


 話しを聞いた感じだと明らかに師匠は雪乃の事を愛していた。何か裏にあると思いつつも師匠は、半ば捨てられるような形で雪乃の元から引き離された。そこに追い討ちの様に結婚の知らせ。


 あぁ……もしかして師匠……すねた?しかも事の真相がわかった後も、意地張って会いにいかずにタイミング逃した?


 妙に子供っぽいところのあるこの人ならありえる。

 じとりと視線が湿ったのを感じる。ふと隣を見ると、小夜子も自分と同じ視線を送っているのに気が付いた。


「む?どうした貴様ら」


 やれやれと小夜子とアイコンタクトをとる。それから師匠に向かって一つの提案をした。


「えっと、師匠が話してくれた内容のお陰で小夜子も随分と楽になれたと思います。ありがとうございました」


 それでですねと、一呼吸置く。隣を見ると自分に合わせ、小夜子も頭を下げていた。


成長したなぁ


「うん、小夜子ってほら、長年、羅刹を恨んできたわけですから、簡単には許せないと思うんですよね だから一度羅刹に会いにいってその人柄に触れてみようかな~って」


 それを聞くと師匠はいつもの様に顎に手をあて、ふむと一度頷く。


「で ── ですね、やっぱり俺らって羅刹と面識ないし、ここは一つ弟子を助けると思って師匠にも同行お願いしたいのですが」

「断る」


 はやっ!


 確定。やっぱりスネてますこの人。


 その時、小夜子の手に力が入ったのがわかった。


 待て小夜子、何を言うつもりだ?


 慌てて小夜子の言を制しようとする。だが一歩遅かった。


「馬鹿じゃないの轟劉生!」


 孫弟子の突然の下克上に一瞬、驚いた表情になる師匠。それも束の間、切れ長の眼を見開くと、じっと小夜子を見据えた。


「─── なんだと?」


「ま、まぁ師匠 ── 小夜子もほら謝って」 

 

 即座に間に割って入る。

 そんな俺の気遣いなどお構いなしに、小夜子が珍しく流暢に口を開き続けた。


「あっきらかに雪乃さん轟劉生のこと待ってるじゃん! なんですぐに会いにいってあげないの? 轟劉生自身も雪乃さんが羅刹と結婚したことにした方が轟劉生を守りやすいからだってわかってるんでしょ? 自分の強さには自信あるのに雪乃さんが自分を想ってくれてることに対して自信ないの? 馬鹿なの? 死ぬの?」


 ちょ! 小夜子言い過ぎ!!


 小夜子のあまりの勢いに、俺と師匠はあんぐりと口を開けて硬直していた。

 

「お互いにそこまで想ってて…… 少し離れたくらいでどうにかなっちゃうの?」


 一気に喋って呼吸を荒げていた小夜子だったが、一呼吸置き、自身を落ち着かせた後に哀しそうにそう呟いた。


「あ……」


 頭の中には、あの時の小夜子の言葉が蘇っていた。



『死なないならどこにいても一緒でしょ?私達の繋がりって少し会えないくらいでどうにかなるのかな?』



 あの時 ── 

 小夜子はまだ俺が天使だということを信じてはいなかった。


 その後、師匠との果し合いを経て、瀕死の状態から即座に回復した俺を目の当たりにして、信じざるを得ない状況に陥った。


 ── 小夜子はあの時の俺の様に『別れ』を予感したんだな…… だからこそ今の師匠を見て憤ったのか。


「小夜子、大丈夫だ 俺の師匠は言葉に籠められた想いを読めない程、鈍感な人じゃないんだ」


 すっかり俯いてしまった小夜子の頭を撫でる。それから師匠に視線を送った。


「むぅ……」


 むぅ……って ── 

 さすがに空気読んで下さい。師匠── ったく!


「轟劉生! いつもの切れ味はどうしたんだ!」


 予期せぬ一喝に師匠が驚く。

 それも一瞬、次の瞬間にはくわっと目を見開くと即座にゲンコツが飛んできた。


「定臣、貴様もか!」


 予想通りの軌道を描いた拳を空に切らせる。

 それから師匠に大太刀『轟劉生』を差し出した。


 不思議そうな顔をした師匠などお構いなしに渾身の笑顔を見舞う。

 それから一言。


「やだなぁ師匠 俺はこの刀に対して言ったんですよ?そう言えば名前同じでしたね」


 一瞬、師匠の表情が消える。

 それからすぐに満面の笑みを浮かべて笑い始めた。


「定臣、貴様はやはりおもしろい!

 良かろう ── 俺もついていくとしよう」


 一頻り笑い終えると師匠はそんな風に嬉しそうに言ってくれた。

 それから少し照れた様子で頬をぽりぽりと掻きながら


「ふむ…… 小夜子

 まぁその…… なんだ…… 悪かった

 そして礼を言おう── 感謝する!」


 そう言うのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ