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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
一騎大国
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第十一話:白の初陣




夜明け前の川原は、静かだった。


水面がわずかに揺れ、

草が風に撫でられている。


サダオミは、白い鎧の前に膝をつき、

布で最後の仕上げをしていた。


磨く。

白が戻る。

光が均される。


胸部。

肩。

脚部。


胸甲の中央あたりに、自分の頭が来る。

それほどに、この鎧は巨大だ。


本来なら、

視界も、手足の位置も、

まともに合うはずがない。


だが――

なぜか、動く。

なぜか、見える。


天使の仕業だ。

いい加減で、都合のいい奇跡。


サダオミは、鎧の脇に差した刀を確かめる。


大太刀。

いつもなら背負っていたものだ。


だが、この鎧では無理だった。

物理的に、届かない。

背中が遠すぎる。


「……仕方ないな」


呟き、位置を直す。


腰の横。

脇差のように。


違和感はある。

だが、扱えないほどじゃない。



深く息を吸う。


「……行くか」


短く呟き、

その場で白い鎧を装着した。


外装が身体を覆う。

視界が狭まり、

音が遠のき、

感覚が一点に収束する。


白。

巨大。

無言。


――これでいい。







街道に近づく手前で、

人の気配を感じ、

白い鎧を空間へ沈めた。


重量が消え、

世界が一気に近づく。


簡素な衣服のまま街へ入り、

門前で、再び鎧を呼び出す。


白い影が、朝靄の中に立ち上がった。


朝番の兵が、欠伸混じりに顔を上げ――

次の瞬間、言葉を失う。


「……なんだ、あれ」


でかい。

異常だ。


鎧の胸部に人影が埋もれている。

頭部からは、顔が見えない。


白い兜が、わずかに傾く。


「兵志願」


短い。

目的だけの声。







兵舎の奥。

即席の試験場。


志願兵が、数名並んでいた。


剣士。

槍兵。

弓兵。


その中に、

白い鎧が立つ。


誰も話しかけない。

誰も近づかない。


試験官が、鎧を見上げた。


「……名は」


一拍。


「不要」


試験官は、説明をやめた。


理解できないものを前に、

人は判断を保留する。


「――模擬戦だ。

 刃は使うな」


相手は、槍兵だった。



踏み込む。


――間合いが、ズレる。


巨躯の感覚が、

まだ身体に馴染んでいない。


槍が来る。

速い。

正確だ。


だが。


白い鎧は、

一歩、外へ。


踏み込まない。


踏み込まないのに、

踏み込みの気配だけが残る。


次の瞬間、

槍兵の視界から、白が消えた。


気づいた時には、

床に転がっている。


誰も、

何が起きたのかわからなかった。


槍兵は、生きている。

怪我もない。


だが、

立ち上がれない。



沈黙。


合格だ。

文句のつけようがない。


だが――

拍手はなかった。


試験官が、低く言う。


「……前に出ろ」


それだけだ。


後ろには置けない。

横にも置けない。


使うなら、

前だ。



初陣は、賊の討伐だった。


街道沿いに根を張った、

小規模な集団。


白い鎧は、前に出る。


剣は、抜かない。

いや――

抜いているのが、見えないだけだ。


踏み込む。


――遅い。


酒場の感覚が、残っている。


人を殺さない間合い。

制する距離。


一人、

逃げる影。


本来なら、

斬れていた。


だが。

斬らなかった。

殺さなかった。


判断が、

わずかに遅れた。


賊は、散った。

一人を除いて。


白い鎧は、追わなかった。


任務は、達成されている。

それでいい。


それでいいはずだった。



兵たちは、白い鎧を遠巻きに見ていた。


声をかけない。

近づかない。


誰も、

顔を見ようとしない。


見えないものは、

想像で膨らむ。


想像は、

畏怖に変わる。



夜。


サダオミは、再び川原にいた。


鎧を外し、

布で磨く。


昼とは違う静けさ。

風が、優しい。


「……まだだな」


呟く。


間合い。

癖。

判断。


全部、修正が必要だ。


あの一人。

逃がした影。


殺せば、防げた。

殺さなければ、

何かが起きる。


その答えを、

まだ、受け取れていない。



酒場の灯は、

今も街を照らしているだろう。


人は集まり、

期待も、噂も残っている。


――だが。


そこに、自分はいない。


白い鎧の胸部を、そっと撫でる。


磨かれた白が、月を映す。


その光は、

もう、誰のものでもなかった。


サダオミは、立ち上がる。


殺さなかった。

それでも、任務は終わった。


それでいいはずだった。


――それで、いいはずだった。


白い影は、

静かに闇へ溶けていった。

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