第九話:私物化された灯
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酒場は、相変わらず賑わっていた。
賑わってはいる。
だが、どこか落ち着かない。
笑い声は大きい。
杯の音も多い。
それなのに――
空気が軽い。
サダオミは、カウンターの内側でその違和感を噛みしめていた。
金が落ちている。
確かに、前よりずっと。
だが、
その金が“どこから来ているのか”を、
誰も気にしなくなっている。
◇
「これでよし」
ダンおじさんが、帳面を閉じた。
分厚くなった帳面。
頁をめくる指が、以前よりも軽い。
「今日も満席だ」
「……そうですね」
サダオミは、曖昧に頷いた。
「なぁ」
ダンおじさんが、声を落とす。
「今日は、やるんだろ?」
サダオミは、手を止めた。
「……決めてません」
「決めろ、今日はそういう日だ」
即答だった。
悪気はない。
命令でもない。
ただ――
“当然”のような口調。
「今日は、あいつらも来てる」
顎で示された先。
サリドの派手な外套。
その隣に、あの無口な男。
黙って、見ている。
サダオミは、視線を逸らした。
「一回だ」
ダンおじさんが言う。
「一回舞えば、今日は全部片付く」
「……何がですか」
「借りだよ」
さらりと言う。
「仕入れも、修繕も、
次の分の酒もな」
サダオミは、胸の奥で何かが軋むのを感じた。
――借り。
いつから、
自分の舞が“返済”になった?
「俺がな」
ダンおじさんは、少し声を低くした。
「あんたを拾った」
それは事実だ。
「飯も、寝床も、仕事も出した」
それも、事実だ。
「だから――」
その先を、サダオミは聞かなかった。
「……わかりました」
口が、勝手に動いた。
自分の意思かどうか、
もう、よくわからなかった。
◇
衣装に袖を通す。
薄い布。
視線を引き寄せる形。
鏡に映る自分を、
サダオミは長く見なかった。
見れば、
何かが決定的に変わる気がした。
◇
舞は、拍手で迎えられた。
期待。
欲。
熱。
それらが、混じり合って空気を満たす。
サダオミは、舞った。
足運びは正確だ。
間合いも狂っていない。
だが、
“見せるための舞”になっていることを、
自分が一番よくわかっていた。
舞が終わる。
歓声。
金貨の音。
ダンおじさんは、満足そうだった。
サリドは、楽しげに笑っている。
だが。
無口な男は、
一度も拍手をしなかった。
ただ、
サダオミを見ていた。
評価でも、欲でもない。
――理解しようとする目。
サダオミは、なぜか目を逸らした。
◇
その夜。
川原。
白い鎧を磨く。
磨く。
磨く。
布が白くなるたび、
胸の奥のざらつきが、少しだけ削られる。
「……ここには、長くいられないな」
自然と、そう呟いていた。
鎧は、答えない。
ただ、白く光る。
サダオミは、
その胸部に額を預ける。
――もう、恩は返した。
そう、
自分に言い聞かせるように。
灯は、まだ灯っている。
だが――
それはもう、
守るための灯じゃなかった。




