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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
一騎大国
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第八話:白い影に口づけを




酒場の空気が、少し変わった。


客が増えたからじゃない。

騒がしくなったからでもない。


――顔ぶれだ。


サダオミは、カウンターの内側で皿を拭きながら、それを感じていた。


視線の質が、昨日までと違う。


値踏みする目。

噂を確かめに来た目。

そして――

黙って、見ている目。



「おーい、ダン! いつものだ!」


派手な声が店内に響く。


赤を基調にした外套。

装飾の多い腰回り。

立っているだけで目立つ男。


紅の槍――サリド・ヤン。


ここ数日で、すっかり顔なじみになっていた。


「はいはい、騒ぐな」


ダンおじさんが応じる。

そのやり取りが、もう“日常”になりつつある。


サダオミは、杯を持ってそちらへ向かった。


「よっ」


サリドが、にやりと笑う。


「あんまり綺麗だったから、我慢できなかった」


悪びれもせず、いつもの台詞。


「仕事中です」


サダオミは、淡々と杯を置いた。


「つれないねぇ」


サリドは笑う。


だが、その視線の奥には、

昨日までよりもはっきりした期待があった。


――今日は、舞うのか?


そんな目だ。


サリドの隣には、男がひとり座っていた。


地味な外套。

飾り気のない装い。

姿勢が、異様なほど正しい。


酒は飲んでいるが、口数は少ない。


サリドが騒げば、黙って聞いている。


サダオミは、ふとその男と目が合った。


鋭い。


威圧はない。

だが――

“見られている”という感覚だけが、はっきり残る。


一瞬。

本当に一瞬だけ。


サダオミの胸に、奇妙な感覚が走った。


――この男が、この世界の主役なんじゃないか?


そんな錯覚。


すぐに、否定する。


理由はない。

ただの勘だ。


そして、こういう勘は――

だいたい、外れる。


「なあ」


サリドが、肘をついた。


「今日はやらねぇのか?」


「……何の話ですか」


「とぼけるなよ」


中央を、顎で示す。


周囲の視線が、一斉に集まる。


サダオミは、内心で小さく息を吐いた。


「今日は、やりません」


はっきり言う。


「へぇ?」


サリドは面白そうに眉を上げる。


「じゃあ、明日は?」


「わかりません」


「その先は?」


「気分次第です」


そのやり取りを、

隣の男は黙って聞いていた。


ただ一度だけ、口を開く。


「……やめとけ」


低い声。


サリドが振り向く。


「なんだよ」


「そういうもんじゃない」


それだけ言って、杯に口をつけた。


サダオミは、その横顔を一瞬だけ見て、

なぜか視線を逸らした。







その夜。


店の裏口で、呼び止められた。


「なあ、嬢ちゃん」


昼間の客のひとりだ。


酔っているわけではない。

距離が、少し近い。


「噂、聞いたぜ」


サダオミは、足を止めなかった。


「夜になると、川原に行くんだってな」


無視すればいい。


だが、今日は妙に疲れていた。


「……それで?」


「白い鎧の男」


声が、探るようになる。


「どういう関係なんだ?」


一瞬だけ、迷った。


否定すれば、説明が要る。

説明すれば、また絡まれる。


面倒だった。

ただ、それだけだった。


「……彼氏だよ」


一拍、置いてから続ける。


「そういうことにしておいて」


軽い声だった。


逃げ道としての言葉。

それ以上でも、それ以下でもない。


男は、目を丸くしてから、

にやりと笑った。


「なんだよ、そうだったのか」


それだけで、引いた。


――終わった。


その時は、そう思った。







その夜。


サダオミは、川原にいた。


白い鎧を、丁寧に磨く。


布が擦れる音だけが、静かに響く。


磨く。

白が戻る。

光を取り戻す。


それだけで、胸の奥が少し軽くなる。


「……助かってるよ」


誰にともなく呟いて、

鎧の胸部に、そっと口づける。


その様子を、

少し離れた場所から見ている影があることを、

サダオミはまだ、知らない。







酒場では、噂が囁かれ始めていた。


「なあ、聞いたか?」


「ああ。あの踊り子だろ」


「夜になると、川原に行くらしい」


「川原?」


「そこでな……誰かと会ってるって話だ」


声が、少し落ちる。


「白い鎧の男だとよ」


「は?」


「全身、真っ白な鎧。顔も見えねぇ」


「……兵じゃねぇのか」


「さあな。でもよ」


別の声が混じる。


「あの踊り子、

 その鎧を、やけに大事そうに扱ってるらしいぜ」


「大事そうに?」


「ああ。

 磨いて、撫でて……」


一拍。


「……キスまでしてたって話だ」


短い沈黙。


そして、誰かが笑った。


「なんだよ、それ」


「彼氏じゃねぇの?」


「だろうな」


納得したような声。


「じゃなきゃ、説明つかねぇ」


灯は、まだ消えていない。


だがその光は、

もう“見る者の都合”で、

歪められ始めていた。

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