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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
一騎大国
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第七話:呼ばれた灯




酒場の空気は、昨日までとは明らかに違っていた。


満席。


笑い声。


金の音。


だが――落ち着かない。


誰もが楽しんでいるはずなのに、

どこか、張り詰めている。


サダオミは、それを肌で感じていた。



舞の準備に入った瞬間、

視線が一斉に集まる。


期待。


欲。


そして――値踏み。


衣装が、揺れる。

扇情的であることを、否応なく意識させられる。


だが、足運びは変えない。


轟流。

剣を持たず、間合いだけで場を制する技。


最初の一歩は、遅く。

床板が鳴るほどに、丁寧に。


ざわめきが、薄くなる。


――来る。


その感覚だけが、はっきりしていた。


視線の中に、ひとつだけ異質なものがある。


派手な外套。

赤を基調にした、目立つ装い。


だが、派手なのは色だけだ。


視線が、軽い。

熱も、欲も、ない。


ただ、

見ている。


サダオミは、ほんの一瞬だけ思った。


――この男が、この世界の主役か。


ラナクロアで歌われていた者たち。

伝説と呼ばれた存在。


あれに、近い。


似ている、というより。

“同じ距離感”にいる。


目が合った。


それだけで、理解した。


敵意ではない。

だが、無関心でもない。


この男は、

値踏みしているのではない。

評価しているのでもない。


――同じ場に立っているだけだ。


サダオミは、踏み込まない。


踏み込まないまま、

刃の通り道だけを描く。


空を、切る。


その瞬間だった。


――ヒュッ。


乾いた音。


視界の端から、何かが飛んできた。


短剣。


ためらいのない投擲。

不意打ち。


だが、殺気はない。


合いの手だ。


サダオミは、舞を止めない。


体重をわずかに移し、

半歩、流す。


袖が揺れ、

短剣が、その内側をすり抜ける。


指先で、軽く弾いた。


金属音が鳴り、

短剣は床に転がった。


静かだった。

あまりにも。



酒場が、凍りつく。


誰も声を出さない。

誰も動かない。


派手な外套の男だけが、

楽しそうに笑った。


「悪い悪い」


軽い声。


「あんまり綺麗だったから、我慢できなかった」


謝罪なのか、賛辞なのか、わからない言い方。


サダオミは、ゆっくりと向き直った。


「……酒場で刃物を使うのは、

 あまり褒められたことじゃないですね」


男は肩をすくめる。


「評価してないさ」


即答だった。


「確かめただけだ」


その言葉に、

サダオミは納得した。


この男は、

上でも下でもなく、横にいる。


「続けていい」


男は、短剣を拾いながら言った。


「舞を」


命令ではない。

要請でもない。


ただの、合いの手。


サダオミは、一瞬だけ迷い――

そして、続けた。


今度は、少し速く。

今度は、少し鋭く。


空気が、鳴る。


客の中から、息を呑む音が漏れる。


派手な男は、もう何もしてこなかった。


ただ、見ている。

同じ場に立つ者の目で。


舞が終わる。


拍手が、遅れて起きる。


だが、その拍手は、

どこか控えめだった。


全員が、理解している。


今の主役は、

舞でも、踊り子でもない。


サダオミは、男を見た。


「……楽しめましたか」


男は、にやりと笑う。


「十分だ」


それだけ言って、背を向ける。


扉に手をかけ、

振り返らずに続けた。


「また来る」


それだけで、

酒場を出ていった。



扉が閉まっても、

空気は戻らなかった。


ざわめきはある。

だが、どこか慎重だ。


ダンおじさんが、低い声で言う。


「……嬢ちゃん」


「はい」


「今の、知り合いか」


サダオミは、首を振った。


「いいえ」


そして、正直に続ける。


「でも――

 たぶん、

 面倒な人です」


ダンおじさんは、苦笑した。


「客は増えそうだな」


サダオミは、視線を扉に向けた。


灯は、まだ燃えている。


だが――

風向きが変わった。


それを、誰よりも強く感じていたのは、

他でもないサダオミ自身だった。

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