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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
一騎大国
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第六話:消えゆく灯




 酒場は、すっかり繁盛していた。


 笑い声が戻り、杯が鳴り、床を踏む足音が絶えない。

 空席を探す客が入口で立ち止まり、諦めて引き返す姿さえ珍しくなくなった。


 ――成功している。


 誰の目にも、それは明らかだった。


 サダオミは、カウンターの内側からその光景を眺めていた。

 忙しさに追われながらも、胸の奥に冷えた感覚が残っている。


 理由は、わかっていた。


 自分だ。

 舞。


 それが、この酒場に客を呼び戻した。


 だが――それだけじゃない。


 隣国併合。

 戦勝の報が街を駆け巡った日から、流れは一気に変わった。


 兵が戻り、金が動き、街に余裕が生まれた。

 余裕は、酒になる。

 酒は、人を集める。


 サダオミの舞は、

 その流れに乗る“象徴”になってしまった。







 昼下がり。


 カウンターに肘をついた男が、感心したように言った。


「すげぇな」


「この店、前はこんなじゃなかったろ」


「そうですね」


 無難に答えながら、サダオミは皿を置く。


「踊り子が出るって噂、もう街中だぞ」


 別の男が笑う。


「運がいいねぇ、ダン」


 ダンおじさんは、髭を撫でながら鼻を鳴らした。


「運じゃねぇ」


 その声は、どこか誇らしげだった。


「嬢ちゃんの腕だ」


 サダオミは、何も言えなかった。


 褒められている。

 感謝されている。

 それは、間違いない。


 それでも、胸の奥で灯がきしむ音がしていた。



 夕方。


 ダンおじさんが裏から戻ってきた。

 手には、布に包まれた何か。


「嬢ちゃん」


「はい?」


「ちょっと、これ」


 差し出された包みを開いて、サダオミは言葉を失った。


 薄く、肌の線が強調される布。

 踊るために作られたことが一目でわかる、扇情的な衣装。


「……これを?」


「当たり前だ」


 ダンおじさんは悪びれもせず言う。


「客は増えた。なら、もっと呼べる」


 サダオミは、しばらく黙ったまま衣装を見つめた。


 嫌悪。

 困惑。

 そして――失望。


 だが、そのどれもを口には出さなかった。


「……高かったでしょう」


「ははっ。今はな、出せるんだよ」


 その言い方が、少しだけ軽かった。

 金を得た人間の、軽さ。


 サダオミは、静かに布を畳む。


「……わかりました」


 そう答えてしまった自分に、

 遅れて違和感が追いつく。


 ――断れたはずだ。

 でも、断らなかった。



 夜。


 衣装を着て出た瞬間、

 酒場の空気が一段階変わった。


 視線。

 露骨なもの。

 値踏みするもの。

 欲を隠さないもの。


 昨日までとは、質が違う。


 サダオミは、それを理解した上で舞った。


 足運びは、変わらない。

 轟流の癖も、間合いも。


 だが、見られ方だけが違った。


 それでも――

 客は増えた。


 笑い声は大きくなり、

 金は、確かに落ちた。


 ダンおじさんは、満足そうだった。



「聞いたか?」


 舞が終わった後、客の一人が言った。


「十神槍が、また功を立てたって」


「どいつだ」


「派手なのがいるだろ。赤ぇ装いの」


「いや、あれは目立つだけだ。

 本当にやべぇのは、別にいる」


「人格者ってやつか?」


「そうそう」


 名前は出ない。

 だが、噂は確かにそこにあった。


 最強の国。

 一騎当千の十人。


 まだ、自分とは無縁の世界。

 そう思っていた。







 その夜。


 酒場の扉が、静かに開いた。


 外気が流れ込み、

 ざわめきが一瞬だけ止まる。


 派手な外套。

 戦場の匂いを残した身体。


 男は、堂々と中へ入ってきた。


 名前を知っている者も、

 知らない者も、

 ただ、その存在感に言葉を失う。


 その視線が、店内を一巡し、

 そして――サダオミで止まった。


 灯は、まだ消えていない。


 だが――

 その色が変わり始めていることだけは、

 はっきりとわかっていた。


 そして、その変化はもう、

 戻らないところまで来ていた。

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