第六話:消えゆく灯
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酒場は、すっかり繁盛していた。
笑い声が戻り、杯が鳴り、床を踏む足音が絶えない。
空席を探す客が入口で立ち止まり、諦めて引き返す姿さえ珍しくなくなった。
――成功している。
誰の目にも、それは明らかだった。
サダオミは、カウンターの内側からその光景を眺めていた。
忙しさに追われながらも、胸の奥に冷えた感覚が残っている。
理由は、わかっていた。
自分だ。
舞。
それが、この酒場に客を呼び戻した。
だが――それだけじゃない。
隣国併合。
戦勝の報が街を駆け巡った日から、流れは一気に変わった。
兵が戻り、金が動き、街に余裕が生まれた。
余裕は、酒になる。
酒は、人を集める。
サダオミの舞は、
その流れに乗る“象徴”になってしまった。
◇
昼下がり。
カウンターに肘をついた男が、感心したように言った。
「すげぇな」
「この店、前はこんなじゃなかったろ」
「そうですね」
無難に答えながら、サダオミは皿を置く。
「踊り子が出るって噂、もう街中だぞ」
別の男が笑う。
「運がいいねぇ、ダン」
ダンおじさんは、髭を撫でながら鼻を鳴らした。
「運じゃねぇ」
その声は、どこか誇らしげだった。
「嬢ちゃんの腕だ」
サダオミは、何も言えなかった。
褒められている。
感謝されている。
それは、間違いない。
それでも、胸の奥で灯がきしむ音がしていた。
◇
夕方。
ダンおじさんが裏から戻ってきた。
手には、布に包まれた何か。
「嬢ちゃん」
「はい?」
「ちょっと、これ」
差し出された包みを開いて、サダオミは言葉を失った。
薄く、肌の線が強調される布。
踊るために作られたことが一目でわかる、扇情的な衣装。
「……これを?」
「当たり前だ」
ダンおじさんは悪びれもせず言う。
「客は増えた。なら、もっと呼べる」
サダオミは、しばらく黙ったまま衣装を見つめた。
嫌悪。
困惑。
そして――失望。
だが、そのどれもを口には出さなかった。
「……高かったでしょう」
「ははっ。今はな、出せるんだよ」
その言い方が、少しだけ軽かった。
金を得た人間の、軽さ。
サダオミは、静かに布を畳む。
「……わかりました」
そう答えてしまった自分に、
遅れて違和感が追いつく。
――断れたはずだ。
でも、断らなかった。
◇
夜。
衣装を着て出た瞬間、
酒場の空気が一段階変わった。
視線。
露骨なもの。
値踏みするもの。
欲を隠さないもの。
昨日までとは、質が違う。
サダオミは、それを理解した上で舞った。
足運びは、変わらない。
轟流の癖も、間合いも。
だが、見られ方だけが違った。
それでも――
客は増えた。
笑い声は大きくなり、
金は、確かに落ちた。
ダンおじさんは、満足そうだった。
◇
「聞いたか?」
舞が終わった後、客の一人が言った。
「十神槍が、また功を立てたって」
「どいつだ」
「派手なのがいるだろ。赤ぇ装いの」
「いや、あれは目立つだけだ。
本当にやべぇのは、別にいる」
「人格者ってやつか?」
「そうそう」
名前は出ない。
だが、噂は確かにそこにあった。
最強の国。
一騎当千の十人。
まだ、自分とは無縁の世界。
そう思っていた。
◇
その夜。
酒場の扉が、静かに開いた。
外気が流れ込み、
ざわめきが一瞬だけ止まる。
派手な外套。
戦場の匂いを残した身体。
男は、堂々と中へ入ってきた。
名前を知っている者も、
知らない者も、
ただ、その存在感に言葉を失う。
その視線が、店内を一巡し、
そして――サダオミで止まった。
灯は、まだ消えていない。
だが――
その色が変わり始めていることだけは、
はっきりとわかっていた。
そして、その変化はもう、
戻らないところまで来ていた。




