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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
一騎大国
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第五話:焦らす灯




 翌日、酒場は静かだった。


 いや、正確には――

 静かすぎた。


 昼下がり。

 本来なら、誰もいない時間帯。

 それなのに、数人の客が席に残っている。

 酒を飲むでもなく、話すでもなく。

 ただ、中央の空間をちらちらと見ている。


 サダオミは、その視線に気づかないふりをしながら、皿を運んだ。


 ――昨日のせいだ。


 自覚は、ある。


 あの舞で、

 この酒場に「意味」が生まれた。


 意味が生まれれば、人は集まる。

 集まれば、期待が生まれる。


 そして期待は、

 同じものを、もう一度求めてくる。


「……妙だな」


 カウンターの奥で、ダンおじさんが低く呟いた。


「何がですか」


「客の目だ」


 サダオミは、視線だけで店内をなぞる。


 昨日はいなかった顔。

 見覚えのない服。

 武具を外したまま、姿勢のいい男。


「増えるのは、いいことでしょ」


 サダオミは、そう言ってから、ほんの一拍置いた。


「……違いますか」


 ダンおじさんは、鼻を鳴らした。


「“増え方”ってもんがある」


 サダオミは、答えなかった。


 その違和感を、

 自分も、すでに感じ始めていたからだ。


 夕方。

 昨日より、客が多い。

 満席ではない。

 だが、空席も落ち着かない。

 椅子の向きが、揃っている。


 偶然ではない。

 無意識でもない。

 意識的に、中央を空けている。


 サダオミは、布巾を畳んだ。


 ――今日は、舞わない。


 そう決めていた。


 昨日は、必要だった。

 だが、毎日やれば、それは“当たり前”になる。


 当たり前になった瞬間、

 灯は消える。


 ……はずだった。



「なあ」


 声をかけてきたのは、常連でも顔見知りでもない男だった。


「昨日の、やらねぇのか」


 言い方は、乱暴じゃない。

 だが、遠慮もない。


「何の話ですか」


 とぼけると、男は笑った。


「とぼけるなよ。

 ほら、あれだ」


 中央を見る。


「……あの舞」


 周囲の空気が、一瞬で変わった。


 聞き耳。

 視線。

 沈黙。


 サダオミは、胸の奥で小さく息を吐く。


 ――もう、知れ渡ってる。


「今日は、やらない」


 はっきり言う。


 男は肩をすくめた。


「そりゃ残念だ」


 それだけ言って、引いた。


 引いた――が。


 店を出ていく者はいなかった。







 夜。

 昨日より、騒がしい。

 だが、どこか落ち着かない。


 サダオミは、店の中央を避けて動いていた。


 それでも、

 視線が追ってくる。

 期待が、まとわりつく。


 ――揺れてる。

 灯が。


「……やらなくて、いいのか」


 閉店後。

 ダンおじさんが、酒樽を拭きながら言った。


「やれば、儲かる」


「わかってます」


「じゃあ、なんでやらねぇ」


 サダオミは、少し考えてから答えた。


「安売りしたくないんです」


 ダンおじさんの手が、止まった。


「……ほう」


「一回やっただけで、これです。

 毎日やったら、きっと――」


 言葉を選ぶ。


「俺が、俺じゃなくなる」


 ダンおじさんは、しばらく黙っていた。

 それから、低く笑う。


「嬢ちゃん」


「はい」


「もう手遅れだ」


 サダオミは、何も言えなかった。


 たしかに。

 もう、灯は揺れている。

 風は、止まらない。



 その夜。

 酒場の外で、誰かが言っていた。


「昨日の、見たか?」


「ああ。

 今日はやらなかったらしい」


「……焦らすねぇ」


 別の声が、混じる。


「次は、いつだ?」


「さあな。

 だが――」


 声が、低くなる。


「逃がす気は、ねぇな」


 サダオミは、店の裏でそれを聞いていた。

 聞いてしまった。


 月を見上げる。


 揺れる光。

 消えそうで、消えない灯。


「……困るな」


 ぽつりと呟く。


「少しだけ」


 それでも。


 足は、まだ引いていなかった。


 灯は、


 まだ――


 消えていなかった。

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