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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
一騎大国
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第三話:酒場の灯




古びた木の扉は、思ったよりも重かった。

ぎぃ、と低く軋む音を立てて開く。


鼻先をくすぐったのは、

酒と油と、少しだけ焦げた匂い。


サダオミは一歩、店内へ足を踏み入れた。


――客、少な。


昼下がりという時間帯を差し引いても、

テーブルはいくつも空いている。


奥の席で酒をあおっているのは、

年嵩の男が二人だけだった。


活気があるとは言い難い。


カウンターの向こうに、

大柄な男がひとり立っている。


腕を組み、

値踏みするでもなく、

ただ静かにこちらを見ていた。


短く刈った髪。

無精髭。

深い皺。


いかにも酒場の主、といった風貌だ。


サダオミは一瞬だけ、足を止めた。


――考えても仕方ない。


腹は、いずれ減る。


覚悟を決めて、カウンターまで歩く。


「……あの」


声をかけた瞬間、

男の視線がはっきりとこちらを捉えた。


上から下へ、一瞥。

そして、即断。


「客じゃねえな」


内心で苦笑する。


まあ、そうだろう。


「仕事を探してます」


飾らず、正直に言った。


男は少しだけ目を細める。


「金は?」


「……ありません」


一拍。


沈黙。


サダオミは、この沈黙に慣れていない。

だから、少しだけ居心地が悪かった。


「女一人で?」


「はい」


男は視線を逸らし、

布巾を掴んでカウンターを拭き始める。


乱暴だが、雑ではない手つきだった。


「……名前は」


「サダオミです」


男は鼻を鳴らす。


「変な名前だな」


「よく言われます」


それは事実だった。


男はしばらく黙り込み、

やがて、ぽつりと言った。


「皿洗いと、床掃除だ」


サダオミは瞬きをする。


「……え?」


「客の相手はさせねえ。

 余計な揉め事は増やしたくねえ」


言葉はぶっきらぼうだった。

だが、その視線に

女を見る色はなかった。


困っている若者を見る目だった。


「それでいいなら、置いてやる」


サダオミは、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


男は顔をしかめる。


「礼はいらねえ。

 働け」


「はい」


即答だった。


男は背を向け、

厨房の奥へ声を投げる。


「おい、バケツ出しとけ」


それから思い出したように振り返る。


「……ダンだ。

 おじさんでいい」


「……ダンおじさん、ですね」


「勝手にしろ」


それきり、こちらを見なかった。



その日から、

サダオミは酒場で働き始めた。


皿を洗い、

床を磨き、

樽を転がす。


慣れない仕事だったが、

難しくはない。


「そこ、拭き残しだ」


「すみません」


「謝る前に手を動かせ」


ダンおじさんは相変わらず無愛想だった。


だが――

余計なことは言わない。

過去を聞かない。

理由を探らない。


仕事をすれば、

それでいい。


それだけだ。


夜になると、

ダンおじさんは何も言わず、

店の奥の物置を指さした。


掃除用具と空き箱が積まれた、

狭いが雨風はしのげる場所。


古い布切れを一枚、

無造作に放ってよこす。


泊まっていいとも、

悪いとも言わない。


だが――

それで十分だった。


数日が過ぎ、

サダオミは店の勝手を覚えた。


食器の置き場所。

酒の種類。

床のきしむ癖。


夜、最後の客が帰ったあと。


サダオミは、

空になった酒場を見回した。


古い椅子。

傷の残る床。

壁の染み。


それでも、

不思議と嫌じゃなかった。


ダンおじさんが、

帳簿を閉じながら言う。


「明日も来い」


「はい」


理由を考える前に、

口が動いていた。


店を出ると、

夜風が頬を撫でる。


サダオミは空を見上げる。


翼は、出ない。


だが――

今は、それでよかった。


「……しばらくは」


小さく呟く。


「ここでいいな」


酒場の灯りが、

背後で静かに揺れていた。

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