私は残る
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マリダリフと別れ、
酒場の扉を押して外に出た、その瞬間だった。
――もう、いる。
街灯の届かない少し外れた場所に、
いつの間に来たのかも分からないまま、
シアが立っていた。
「……相変わらずだなぁ」
思わず、そんな言葉が口から零れる。
本当に、どこから現れたのか分からない。
気配も、足音も、前触れもない。
シアは俺を見た。
表情はいつも通りで、
そこに感情の起伏らしいものは見えない。
そして、前置きもなく、いきなり言った。
「私は、ここに残る」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が頭に入ってこない。
「残る」
シアはそれ以上、説明しない。
理由も、条件も、未来の話もない。
ただ事実だけを置くみたいに、
もう一度、繰り返す。
「私は、ここに残る」
「え、ちょっと待って。
……そんなの、できるの!?」
素で驚いてしまった。
だって、それは――
俺の知る限り、想定外の選択だ。
でも、シアは首を傾げもしない。
肯定も否定もしない。
ただ、それが当然だと言わんばかりに、
俺の横をすり抜ける。
そのまま、くるりと踵を返して、
――酒場の中へ。
「ちょ、シア!」
呼び止める間もなく、
扉はもう閉まっていた。
……行った。
本当に、行った。
「……最後まで、不思議っ娘だったなぁ」
思わず苦笑しながら、そう呟く。
理由も聞かせず、
感情も残さず、
ただ「私は残る」という事実だけを置いて去る。
それなのに、
なぜか胸の奥は、変にあたたかい。
――ああ、こういう別れもあるのか。
そう思いながら、
小さく息を吐いて、
微笑んだ、その時だった。
――ガチャッ。
勢いよく酒場の扉が開く。
「……え?」
次の瞬間、
さっきまで中にいたはずのシアが、
店の親父に首根っこを掴まれた状態で、
そのまま外に放り出された。
「ちょっとあんた!
飲まないなら席空けなさい!
立ち飲みもダメだからね!」
ばたん、と扉が閉まる。
路地に残されたシアは、
特に気にした様子もなく、
地面にぺたんと座り込んだ。
「……」
「……」
一拍。
「……」
「……最後まで、不思議っ娘だったなぁ」
今度は、はっきり笑って言った。
シアは何も返さない。
ただ、夜の空を見上げている。
――それでいい。
言葉はいらない。
理由もいらない。
この世界に、
彼女が“残る”という事実だけがあれば。
俺はそれを、
ちゃんと見届けた。




