背中で終わる
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シイラの酒場は、夜になると息を吐く。
港から流れ込んだ潮の匂い。
荷運びを終えた男たちの汗。
剣と鎧が擦れた金属音。
遠征前の傭兵と、
遠征から戻った傭兵が、
同じ卓に並ぶ――
そんな街だ。
酒場の奥は、相変わらず薄暗く、
埃と酒の匂いが混じっていた。
マリダリフは、
壁を背にしたカウンターの端。
入口も、
階段も、
逃げ道も見渡せる位置で、
いつものように肘をつき、
グラスを傾けていた。
――ああ。
ここだ。
俺が隣に腰を下ろした瞬間、
マリダリフは何も言わず、
視線だけを寄越してきた。
それで、分かる。
――察しやがったな。
「……今回はよ」
先に口を開いたのは、
マリダリフだった。
「死亡フラグは立てねぇ」
「ほう?」
「お前がいなくなるって事実でな」
ぐいっと酒を煽り、
吐き捨てるように言う。
「確実に、俺が死ぬ」
「言い方」
「事実だろ」
短く笑う。
それから、ちらりと俺を見る。
「……で?」
「で?」
「最後に来た理由だよ。
無駄話しに来るタマじゃねぇ」
さすがに鋭い。
この街で、
この席に座る男が、
それを外すわけがない。
俺は肩をすくめた。
「ここまで、恰好つけてきただろ?」
「……ああ」
「だったらさ」
グラスに指をかけたまま、
真正面から、
マリダリフの目を見る。
「最後まで貫こうぜ。
傭兵さん」
一拍。
「――依頼。
達成、だろ?」
マリダリフは、
しばらく黙っていた。
酒場のざわめきが、
一瞬だけ遠くなる。
それから、
一瞬だけ何か言いかけて――
小さく、首を振る。
「……チッ」
背を向けたまま、
後ろ手でひらひらと手を振った。
「さっさと行け」
それだけ。
振り返らない。
この街では、
それ以上は言わない。
俺も、それ以上は言わなかった。
椅子を引く音だけを残して、
酒場を出る。
背中に、
何も追ってこない。
シイラの酒場は、
別れを引き留めない。
――それが、
最高の別れだった。




