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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
73/120

背中で終わる




 シイラの酒場は、夜になると息を吐く。


 港から流れ込んだ潮の匂い。

 荷運びを終えた男たちの汗。

 剣と鎧が擦れた金属音。


 遠征前の傭兵と、

 遠征から戻った傭兵が、

 同じ卓に並ぶ――

 そんな街だ。


 酒場の奥は、相変わらず薄暗く、

 埃と酒の匂いが混じっていた。


 マリダリフは、

 壁を背にしたカウンターの端。


 入口も、

 階段も、

 逃げ道も見渡せる位置で、

 いつものように肘をつき、

 グラスを傾けていた。


 ――ああ。

 ここだ。


 俺が隣に腰を下ろした瞬間、

 マリダリフは何も言わず、

 視線だけを寄越してきた。


 それで、分かる。

 ――察しやがったな。


「……今回はよ」


 先に口を開いたのは、

 マリダリフだった。


「死亡フラグは立てねぇ」


「ほう?」


「お前がいなくなるって事実でな」


 ぐいっと酒を煽り、

 吐き捨てるように言う。


「確実に、俺が死ぬ」


「言い方」


「事実だろ」


 短く笑う。

 それから、ちらりと俺を見る。


「……で?」


「で?」


「最後に来た理由だよ。

 無駄話しに来るタマじゃねぇ」


 さすがに鋭い。


 この街で、

 この席に座る男が、

 それを外すわけがない。


 俺は肩をすくめた。


「ここまで、恰好つけてきただろ?」


「……ああ」


「だったらさ」


 グラスに指をかけたまま、

 真正面から、

 マリダリフの目を見る。


「最後まで貫こうぜ。

 傭兵さん」


 一拍。


「――依頼。

 達成、だろ?」


 マリダリフは、

 しばらく黙っていた。


 酒場のざわめきが、

 一瞬だけ遠くなる。


 それから、

 一瞬だけ何か言いかけて――

 小さく、首を振る。


「……チッ」


 背を向けたまま、

 後ろ手でひらひらと手を振った。


「さっさと行け」


 それだけ。

 振り返らない。


 この街では、

 それ以上は言わない。


 俺も、それ以上は言わなかった。


 椅子を引く音だけを残して、

 酒場を出る。


 背中に、

 何も追ってこない。


 シイラの酒場は、

 別れを引き留めない。


 ――それが、

 最高の別れだった。

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