任せるね
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城の廊下は、やけに静かだった。
朝から続く政務の時間帯だというのに、
人の気配が薄い。
執務室の扉の前で、少しだけ立ち止まる。
中ではきっと、
今日もルブランが机に向かっている。
――ノックは、しない。
今さらだ。
扉を開けると、
机に向かっていたルブランが顔を上げた。
「……定臣様?」
一瞬、驚いたような顔。
でもすぐに、いつもの端正な表情に戻る。
「どうされましたか。
何か問題が――」
「問題はないよ」
短く答える。
それで十分だったらしく、
ルブランはそれ以上、言葉を続けなかった。
沈黙。
窓から差し込む光が、
机の上の書類を照らしている。
「ね」
ふと思いついたみたいに、
俺は言った。
「少し、一緒にいようよ」
それだけ。
理由も、期限も、説明もない。
ルブランは瞬きを一つしてから、
小さく息を吸った。
「……はい」
ただ、それだけ答えた。
それからの時間は、
本当に何もなかった。
同じ部屋にいて、
同じ景色を見て、
時々、書類をめくる音だけが響く。
言葉は、ない。
でも――
ルブランは、もう分かっていた。
この沈黙が、
この「何も言わない時間」そのものが、
別れなのだと。
やがて、
俺は立ち上がる。
「……そろそろ、行くね」
ルブランは立たなかった。
ただ、視線を下げたまま、静かに言う。
「はい」
扉に手をかけて、
最後に一言だけ残す。
「あとは、お願いね?」
ルブランの肩が、
ほんのわずかに揺れた。
「――お任せください」
顔は上げない。
でもその声には、迷いがなかった。
扉を閉める。
その向こうで、
彼女が長く息を吐いた気配がした。
――それでいい。
もう、言葉はいらない。




