表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
71/121

変なのっ




 朝の空気は、少しだけ乾いていた。


 埃の匂いが薄れ、代わりに紙と薬草の香りが混じる。

 城下とは違う。

 剣も、号令も、噂話も届かない場所。


 エドラルザ王国国立魔科学専攻学院――カルケイオス。


 石畳の上を、学生服の裾が行き交う。

 笑い声は小さく、どこか遠慮がちだ。

 ここでは、それが“日常”なのだと分かる。


 定臣は、門をくぐってから足を止めなかった。

 案内を求めることもなく、迷う様子もない。


 何度か通った道。

 覚えようとしたわけじゃないが、身体が覚えている。





 中庭に面した回廊。


 陽射しを避けるように伸びる影の端で、

 三人が並んで腰掛けていた。


 本を読んでいるロイエル。

 その隣で、ルクエが楽しそうに何かを話している。


 そして――

 キカは、先に気づいた。


 視線が上がる。

 音も、気配も、遅れてくる。


 けれど彼女の中では、

 “来た”という確信だけが、先に落ちていた。


 ロイエルを見る。

 何も言わない。


 ただ、ルクエの手を取る。


「え?」


 小さな声。

 それだけで十分だった。


 キカは一歩引き、

 自然な流れで立ち上がる。


「行こ」


 理由は言わない。

 説明もしない。


 ルクエは一瞬だけ首を傾げ、

 それでも逆らわず、手を引かれるまま立ち上がった。


 二人はそのまま、

 回廊の向こうへと歩いていく。


 振り返らない。

 空気を乱さない。


 まるで、

 最初から“そうなる予定だった”みたいに。


 本を閉じる音が、小さく響いた。


 ロイエルは、

 顔を上げる前に声を上げた。


「あっ、サダオミじゃん!」


 軽い。

 驚きより先に、名前が出た。


 定臣は足を止める。


「通り道だったからね」


 即座に返ってくる。


「絶対に嘘じゃん!」


 食い気味。


 ロイエルは立ち上がり、

 本を胸に抱えたまま、定臣を見上げる。


「もう、向こうは落ち着いたの?」


「色々大変だったよ」


 一拍、間を置く。


「でも、今はルブランが手伝ってくれてる」


 視線を外して、続ける。


「だから――なんとかなるよ。きっと」


「なんとかなるの?」


「便利な言葉だろ?」


「ずるい言い方だなぁ」


 くすりと笑う。

 さっきまでの空気を、そのまま引き継ぐように。


 回廊を抜けると、学園の中庭がひらける。


 朝の授業前らしく、

 あちこちに人の気配があった。


「今日は回復魔法の小テストがあるのよ」


 一瞬の沈黙。


「……え、いけるの?」


 胸を張って言い切る。


「いくわよ!

 爆発はするけどね! きっと!」


「それはイケてないって言うんだよ」


 ロイエルは、くすくすと笑う。

 笑いごとではない。


「キカがね、

 昨日からずっと復習につきあってくれてたの!」


「さすがキカだな。俺のキカ」


「キカは僕のだからね?」


「はいはい」


 何気ない言葉。

 何気ないやり取り。


 それだけで、

 ここがロイエルの“日常”だと分かる。





「そういえばさ」


 ロイエルが前を向いたまま言う。


「サダオミ、このあとはどこ行くの?」


「どこにいこうかな?」


「また適当じゃん」


「まっ、だいたいそんな感じだからさ」


 不満そうに頬を膨らませてから、

 すぐに笑う。


「でもさ」


「来てくれて、ありがとね!」


 中庭の端。

 分かれ道。


 ロイエルが足を止める。


「僕、こっち」


「だね」


 視線が合う。

 ほんの一瞬。


「またね!」


 定臣は答えない。


 ただ、笑って――

 親指を立てた。


 ロイエルは一瞬だけ止まり、

 それから笑う。


「変なのっ!」


 その間に、

 定臣はもう背を向けていた。


 歩き出してから、

 ロイエルはふと立ち止まる。


 そういえば、

 キカがさっきまでそこにいた。


 なのに、

 サダオミは何も言わなかった。


 理由までは、分からない。


 ロイエルは小さく笑う。


「……ほんと、変なの」


 そう言って、

 学生たちの輪へ戻っていく。


 カルケイオスの朝は、

 何事もなかったように続いている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ