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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
火の国
7/57

絆・後編

 

 ■




 生き残った村人達は定臣を救世主とし、少しでも落ち着くようにと空き家を提供してくれた。村人達の好意に甘えることにした小夜子は、定臣を空き家まで連れ添い、眠るようにと促した。肉体的にも精神的にも疲労困憊だった定臣は幼子のようにすぐに眠りへと堕ちていった。




「ぼろぼろじゃん……」


 定臣の寝顔を見ながら頭を撫でる。出会ってから数年、小夜子にとって定臣は姉のような存在になっていた。


 自分の前ではいつも笑顔だった。こんな自分が明るく振舞えるようになったのも、すべて定臣のお陰だった。


「こんな定臣見るの辛いよ……」


 自然と涙が零れる。しかしすぐに、今は自分が泣いている場合ではないと立ち上がる。


「─── 私がしっかりしなきゃ」


 ふるふると顔を左右に振る。それから涙を拭って外に出た。




 ◇



  

 村の被害は定臣が迅速に対応したお陰でそこまで深刻なものではなかった。とはいえ、それでも救えなかった命があった。そして今まさに消えかけている命もある。

 

 小夜子の手に力がはいる。定臣が繋いだ命の灯火を消させるわけにはいかない。

 

 重傷者や自宅が被害にあった村人達は、幸いにも焼けずに済んだ大きな建物に避難していた。

 村人達の結束は硬く、余裕のある者は有志で怪我人の世話や復興作業をあたってはいるものの、それでも人手は足りてはいない。

 そんな中、疲れた様子一つ見せずに駆け回る小夜子の姿が、どれだけ村人達を励ましただろうか。少なくともその日のことをこの村の住人達が忘れることはないだろう。




 ◆



 

 ─── あぁ…… 今寝てて、夢の中だなと自覚できる瞬間がある。目はまだ覚めていない。しかし思考することができる。



『死んだ人間はもう戻らん、だからこそ殺した人間は摘んだその命の重みを背負って生きて行かねばならん』   

 


 ─── 自覚はあったけど俺ってやっぱりまぬけだなぁ…… 今頃、師匠の言葉が心に響いてきた……


 

 ─── あの時…… あの時、俺は恐ろしいことを考えてた気がする。



 〝あなたも人殺しでしょうに〟



 !?



 馬鹿か俺は! 俺のことを考えて言ってくれた言葉に対してそれはないだろ!



 たまに自分がどうしようもなく冷たい人間なんじゃないかと思う時がある。

  ─── 血が冷めていく感覚……



『そっちにいっちゃダメだ!』


 

 あの時、小夜子がそう言ってくれた気がする。


 

 ─── もし小夜子がいなければ……



 いや、よそう…… 考えるだけで怖い。


 起きよう…… もう充分に落ち込んだだろう? 自分のしたことから逃げている場合じゃない。



 ─── 向き合おう……




 ◇


 


 ゆっくりと目を開けていく、それから跳ねるようにして飛び起き、顔を思いっきり両手で叩いた。


「うしっ! とりあえず復興作業のお手伝いだ!」


 力いっぱい戸を開いて飛び出す。驚いた村の人が『もう大丈夫なのかい?』と声をかけてくれる。それに言葉よりも行動で示すと言わんばかりに片手で挨拶を返し、縦横無尽に村中を駆け回った。

 


 昔から悩んだり落ち込んだりした時は、とりあえず身体を動かし汗を流して忘れてきた。しかしながら今回、自分がやったことは忘れるわけにはいかない。だからこそこの行動は忘れるための逃げではなく、自分のとった行動に最後まで責任を持つという想いからくる行動だった。




 ◇




 一頻り人手が足りていないところを手助けし終えた頃には、日が傾きかけていた。


 村人の話によると一連の件での被害者、加害者の遺体はまだ埋葬されておらず、村外れの森に近い箇所に集められているらしい。

 

 俺は重い足を引きずりながらそこへ向かっていく。 

 


 ─── 見なければならない。自分が殺した人間を、自分が守れなかった人間を。



 俺は拳を力一杯に握り締め、覚悟を決めると、大きく息を吸って目的地へと続く最後の角を曲がった。



 

 暗くなり始めた辺りよりもその一角は暗く見えた。

 遺体安置所と化したその場所は一目で二つに別れているとわかる。一つは救えなかった村人達。そしてもう一つは自らが手にかけた山賊達。


 ござの上に無造作に安置されている遺体を見るだけで、心臓を鷲掴みにされたような気分になる。  ─── 苦しい。それでも目をそらすわけにはいかない。


 震える指先で遺体の顔にかけられた粗末な布きれをそっととる。苦しそうに目を見開いたままの顔がこちらを覗きこんできた。

 


 〝どうして助けてくれなかったんだ〟



 声が聞こえた気がした。


 涙を流すことは許されない。そしてこの苦しそうな顔を忘れることも決して許されない。


 俺は遺体をじっと見据えた後、深々と頭を下げた。


  

 計十二人。件の被害にあった人達の顔を一人一人覚えながら謝罪していく。握りすぎた手の平から血が滴っているのに気付いたのは、被害者全員に謝罪を終えた後のことだった。



 ─── 自分のしたことが間違っていたとは今も思ってはいない。




『死んだ人間はもう戻らん。だからこそ殺した人間は摘んだその命の重みを背負って生きて行かねばならん』




 摘んだ責任。俺の出した答えはやはり忘れないことだった。


 山賊達の死体はバラバラになっており、どこが誰の一部か判別がつきにくい状態だった。それをパズルのようにして紡いでいく。途中、何度も嘔吐しそうになりながらも決して手を止めず、目をそらさずにそれを続けていく。


 許せないのは、この山賊達をこんな状態にした自分の行動自体を覚えていないことだった。

 それは忘れないことを責任のとり方に選んだ自分にとって最悪の責任逃れだった。だからこそ遺体の斬り口に尋ねるように紡いでいく。



 自己満足にすぎないその行動は、計二十八人分の遺体を並べ終えるまで続けられた。




 ◇




 見ていて痛々しかった…… それでも私は目をそらすわけにはいかなかった。定臣が必死だから……



 危篤状態だった歳の変わらない女の子の手を握って、励ましている途中に私はうたた寝してしまっていた。目を覚ますと女の子は峠を越え、容態は安定していた。

 

 外が暗くなり始めているのに気が付いた私は定臣の様子を見に戻った。その途中で、村人から定臣がここに向かったと教えられた。




 ◇




「小夜子。─── ありがとな」


 振り返らずに定臣はそう言った。

  ──── いつから気が付いていたんだろう。


「……うん」


「ついててくれて助かったよ、ほんとありがと」


「……うん」


「一人じゃやばかったかもしれねーわ」


 そう言うと定臣はこちらを振り返って穏やかな笑顔を見せた。



 ─── 無理に笑わなくていいよ。

 ─── 元気だしてね? 

 ─── 私がついてるから。



 色々と声をかけたかったけど、その言葉が声となって喉をついて出ることは無かった。



 ─── あんなに悲しい笑顔があるんだ……



 私は呆然と定臣を見続けることしか出来なかった。




 ◇




 しばらく互いに見合っていた二人だったが、日が完全に暮れる前に山賊達の亡骸を埋葬しようと、どちらからでもなく動き始めた。


 被害にあった村人達には遺族がいるかもしれない。この場はもう一日、このまま安置することにしておこうと、手を合わせてその場を去った。


 二人だけの作業はなかなかはかどらず、数時間かけてなんとか山賊達を埋葬し終えた二人は、ようやく空き家に戻ると泥のように眠りへと堕ちていった。




 ◇ 




 ─── 翌朝。



 昨日の疲労感もどこへやら、ほぼ同時に目覚めた定臣と小夜子の二人は、すぐ様に村の復興の手伝いへ向かおうと戸を開く。


 昨日の時点で目につく瓦礫などは大方、片付けられていたので今日は夕方に届くと国から連絡のあった物資の搬入を待ちつつ、細かい清掃などをしていく予定だ。



「なぁ小夜子、昨日は」

「言わな~い」


「ん、ありがと」



 空き家を出て、村を見回した二人だったが自分達が手伝えそうなことはほぼ終わっている様子だった。それならば遺族と連絡をとって被害者の埋葬を手伝おうと二人は意見を交わした。


 病院代わりに使われていた建物に行き、村長にその旨を伝えると遺体はすでに埋葬したと教えられた。二人で墓に手を合わせに行きたいと場所を聞いた二人に、村長は涙を流しながら感謝した。




 ◇




 村長から聞いた通りの場所に墓はあった。墓といっても大きな石が一つ置かれているだけの簡単なものだった。─── あの石の下に十二人もの人達が眠っている。



 謝罪は昨日済ませた。後は願うだけだった。

  ─── せめて安らかにと……



 二人並んで目を瞑り、合掌する。

 不意に着物の裾が引っ張られた。



「ん?」

  

 振り返るとそこには一人の少年がいた。


「おいらも」


 少年はそう言うと、定臣達の横に並び合掌を始める。恐らくは遺族の子なのだろう。しばらく三人で黙祷を捧げた後、村に戻ろうかと言った定臣に少年が話しかけた。


「お姉ちゃん」


「小夜子、呼んでるぞ~…… 痛ぅ」


 痛い。無言でスネを蹴られた…… 空気読めってことですね、わかります。


「な、なにかな?」


「助けてくれてありがとう!」


 ─── 助けられたのかな…… ここにいるってことは家族の誰か亡くなったんだろうし……


「いだっ!」


 痛い。また無言キックですか小夜子さん。


「無粋ってことだな? 小夜子」


 知~らないといった顔で小夜子は、後ろ手を組み先に歩いていった。


「言葉の意味のままで受け取るよ。どういたしまして!少年」


 定臣のその一言に、不安そうな少年の顔に笑顔が咲いた。




 ◇

 



 村に戻った定臣達を村人達は入り口で待ち構えていた。二人が到着すると村長が前に歩み出て感謝の言葉を述べる。それを皮切りに次々と感謝の声が聞こえてきた。

 

 一瞬、ぽかんとした二人だったが、顔を見合わせた後に笑顔でそれに応えた。

 



 まだ昼と呼ぶには早い時間、やっと落ち着きを取り戻し始めた村の中央では、炊き出しが振舞われていた。村人達に勧められ、二人もご馳走になることにした。


 そういえば隣村に買い物に出かける前に食事をとって以来、何も食べていなかったと、頂いた炊き出しを満足気な顔で食べている二人の周りには、いつしか若い男達の人だかりが出来ていた。



「二人並んでいると絵になりやすねぇ」


 それをきっかけに我先にと次々と話しかけられる。


『お二人は姉妹ですか?』

『神王通信読んでます』

『綺麗な方達ですね』



 いつもの愛想笑いでかわしてい定臣の横で、いつもの人見知りを発揮して無言でぼーっとしている小夜子。自分を女呼ばわりされることだけは絶対に認めない定臣ではあったが、小夜子を妹と間違われるのはまんざらでもなかった。


 

 ようやく質問攻めを回避し、食事を終えた頃になって、急に村の入り口の方が騒がしくなった。耳に届く村人の声から、どうやら国からの物資が届いたらしいと判断する。


 確か物資が届くのは夕方だと聞いたと、首を傾げながらも定臣と小夜子は物資の搬入を手伝おうと入り口の方へと向かう。




 村の入り口には一個小隊ほどの武装した集団が到着していた。皆、一様に息を乱し、げっそりとした様子で目の下にクマを作っていた。

 

 到着予定時刻を聞いた時に村人達は『そんなに早く来てくれるとは』と感嘆の声をあげていた。その予定時刻よりも半日も早い到着である。恐らくは寝ずの強行軍だったのだろう。



 村長が前に出ると、部隊の隊長らしき男が同じく前に出てきた。



『火の国より物資の搬入にきましたぁ、受け入れの許可をお願いします~』



 すぐ様に村長が感謝の意を述べ、物資の搬入が開始された。




 ◇




『川篠定臣殿、鞘野小夜子殿はいらっしゃいますか~?』



 搬入の手伝いをしていると、後ろから先程の隊長の声が聞こえてきた。


 にしても隊長の声かるっ!


「あ、はい。俺ですけど」


振り返って返事をした俺の横で小夜子は無言で挙手していた。

 

いい子なんだけど慣れるまでいつもこうだよなぁ


 俺達を見た隊長はあからさまに不思議そうな顔をしている。


「えっと何でしょう?」


『いえいえ失礼しましたぁ。隣村の村長から通報の際に事情は聞いています。この度はあなた達に助けられました。─── 感謝します』


 さっきの顔は何だったんだと、小夜子ばりにじーっと見つめてみる。


『あ~いえいえ、その美貌は噂に違わぬものですが、その体格でこの二人は本当にそこまで強いのかなぁと』


 そう言うと隊長は申し訳なさそうに『疑ってるわけじゃないんです』と付け足した。 


 確かに天使である自分はともかく、小夜子は体格からは想像もつかない力の持ち主だ。〝これが主人公補正というやつか〟と説明を求められても困る単語を思い浮かべながら、なるほどと相槌をうつ。


「轟劉生の剣は力の剣ではないので」


 得意の愛想笑いを浮かべながらにもっともらしいことを言って述べる。隊長は納得したと頷くと、次に山賊達の遺体を回収したいと申し出てきた。



「─── 遺体は丁重に埋葬しました」



 短くそう告げると隊長は目を見開いた。


『これは驚いた、あなたは賊ごときを手厚く葬ってやったと?』


「……俺が殺したので」


 自虐する様に自分の手を見ながらそう呟く。そんな俺を見て、隊長は穏やかな顔でこう言った。



『あなたのその行いを私が肯定しますよ。─── 胸を張ってください。あなたは火の国の誇りです』



 その言葉に一瞬はっとする。そう思いたい気持ちは確かにあった。しかし自分のしたことは紛れもない人殺しであり、そしてそれは決して取り返しが付かないことだった。だからこそ自覚している。自分のその行いは紛れもない──


「ただの自己満足です」


 吐き捨てる様に返答した。



『顔を上げてください』


 隊長は言った。


『何が見えますか?』


 言われたままに顔を上げる。視線の先には物資を分け合い、笑い合う村人達の姿が見えた。


『あなたが守った笑顔です』


「─── 俺が守った笑顔…… 守れなかった笑顔もあります」


『すべてを救いたかった…… ですか』


「── そうです」


『では…… 救えない者がいたからといって救った者の笑顔を否定しますか』


「……」


『意地悪を言いましたね。ですが胸を張ってください。─── あなたの行いは最善だったのです』


「─── ありがとう…… それでも俺はすべてを救いたかったんだと思います」


 隊長は俺をじっと見るとにっこりと笑い



『肯定しますよ』



 と、そう言ってくれた。




 〝肯定します〟か…… 少し楽になった気がする。




 ◇

 



 物資の搬入を終えた部隊は休むことも無く、すぐに帰路についた。


 見送りに村の外まで出ていた俺達に『機会があればまたどこかで』と短く別れを告げると隊長は悠然と去っていった。その後ろ姿をいつものようにぼーっと見ていた小夜子が、不意に衝撃的な一言を呟いた。



「かっこいい人だったぁ」


「なん…… だ…… と?」


 待て待て今、小夜子はなんと言った?



『かっこいい人だったぁ』 



 ─── はあああああああ??? 


 そりゃ長髪栗毛で綺麗な顔立ちしてたけどよおおおお! 若作りしてたけど結構歳いってたぞあいつ! でも話し方とか穏やかで好感は持てたな。それに俺の事、気遣ってくれてたな…… ─── あっ! かっこいいわあいつってちがあああああああう! 小夜子がかっこいい人とか言う? 言う? ねぇ言う?


 そんなことを考えていた俺の顔は、なかなかにおもしろい顔になっていたらしく、それを直視した小夜子は思いっきり吹き出した。


「あははは、ど~したの定臣ぃおもしろい顔~」


「……はっ、現実逃避してました! 父さん、現実逃避してました!」


「?」


「あんな男、父さん許さんぞ!」


「定臣はお父さんじゃなくてお姉さんでしょ」


「何度も言ってるけど兄さんで!」


「もうそれいい加減やめればいいのに」


 そう言うと隊長が去っていった方角を小夜子はじっと見つめた。



「あの隊長さん、私が定臣に言いたかったこと、全部言ってくれた」


 

 そういうことか。



 ─── 救えなかった命より救えた命を……



 ─── 後ろを見るより前を見ろってことか……



 ─── ずっと傍にいてくれたもんな……


 

 小夜子が笑っていてくれるなら、自分のやったことを誇ろうと、そう思えた。



 ─── 心に暖かい感情が流れてくる。


 

 ─── 人を殺した時に伴った恐怖は救うための勇気へと



 ─── 後悔は後ろを振り返らない決意へと変わっていく




 ありがとな…… 小夜子。




 ◇


 


 物資の搬入部隊を見送った二人は、その日の夕方には帰路についた。動ける村人達は全員、村の外まで見送りにきて、二人の姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。



 ─── こうして長かった買出しはようやく終わりを迎えた。



余談ではあるが後日、あの時の隊長の計らいで村の近くに駐在所が設けられ、その後、あの村が山賊被害に遭うことは無くなったという。




 ◆




 家に戻り、いつもの生活を送っていく。半年があっという間に過ぎ去っていた。

 


 自身の実力が上がるにつれ、相手の剣筋から色々読めるようになってきた。


 小夜子の剣は父の仇を討つために習い始めたものだ。─── それにしては邪念のようなものが一切感じとれない。小夜子の剣からはもっとこう澄み切った感じの……

 


「それまで」



 練習試合の決着を師匠が宣言する。週に一度行われるこの練習試合の勝敗は、俺に軍配が上がり続けていた。



「ふぅ…… 小夜子また強くなったなぁ」


「差…… またひらいた」


 ぼそっとそう呟くと小夜子は家の中へと入っていった。週に一度の不機嫌タイムである。

  わざと負けると怒るしなぁ小夜子……


 やれやれと小夜子の後ろ姿を見送る。そこを師匠に話しかけられた。もちろん言うまでもなく顎にはいつものように手が添えられている。



「澄んだ良い剣になった」


「あぁ小夜子ですね」


「うむ…… で、約束は果たせそうか?」


「今夜、説得してみます」



 師匠との約束。


─── それは弟子入りの際に交わした、小夜子に仇討ちを諦めさせるというもの。もちろんそれは俺の願いでもあった。

 


 ─── 今の小夜子なら諦めてくれるかもしれない。この四年で小夜子は見違えた。錯乱することは無くなり、笑うようになり── そして強くなった。

 


 小夜子には前を向いて明るく生きていって欲しい。正面から向き合って自分の想いを誠心誠意伝えようと決意した。




 ◇




 試合が終わったのは昼前。昼食、夕食を挟んでようやく小夜子の機嫌が直ったのを見計らって俺は小夜子を外に呼び出した。



「なぁに? あらたまって」 


「大事な話だから」


 俺の雰囲気を感じとった小夜子が真顔になる。



 ─── ここは言葉を選んで慎重に言わないとな…… よく考えろ俺! ここ大事!



「小夜子、仇討ち諦めて」


 はっと目を見開いた小夜子が拳を握り、ものすごい剣幕で睨みつけてくる。


 ……しまったあああああああああああああああああああ! 単刀直入すぎるだろ俺!


「なんで…… なんで定臣がそんなこと言うの!? 定臣は私の味方なんでしょ!」


「味方だよ、そんなの当然じゃん」


 なるべく感情を煽らないように即答する。


「だったらなんで……」


 その言葉に毒気を抜かれたのか、小夜子から怒気が消え失せていったのがわかった。俺はそれを見計らい、ゆっくりと伝えていく。



「ごめんな小夜子…… 俺って言葉にして伝えるの苦手だから、上手く言えないかもしれないけど」


「……」


「俺は小夜子に人殺しになって欲しくない。これは最初に出会った頃から思ってたんだけど、半年前にもっと思うようになった」


 その言葉に小夜子は考えるような仕草を見せる。そしてすぐに何かに思い当たり、小さく声を出した。


「ぁ……」


「うん…… それにさ、小夜子って剣好きじゃん? 仇討つためにその剣を振るって欲しくないかも」


「─── 剣は人を殺めるためのものだよ……」


「そうなんだけどね…… 俺の元いた世界の話ってしたこと無かったよね」



 そう前置きすると俺は伝える。自分のいた世界での剣術は剣道と名を改め、殺人の術から己を高める道へと進化していったのだと。─── そして小夜子には剣術ではなく剣道として剣に携わって欲しいと。



「剣道……」


「そう、すべじゃなくみち



 小夜子は聞く。殺人の術じゃなくなった剣は弱くなったんじゃないのかと。


「何をもって弱くなったって言うのかは人それぞれだと思うけど、俺はそうは思わないかなぁ」


 人は殺さないに越したことはないし、それに殺人の術じゃ道で鍛えられた人の精神こころまでは斬れないと思うからと続けた。



「剣術じゃなくて剣道をして欲しいって…… だから…… だから定臣は私に仇討ちやめて欲しいって言うの?」 


「ん~、もっと簡単な理由かな」


 それって? という表情を小夜子がする。


「俺って小夜子のこと、本当の妹だと思ってるから」


「あ……」


 目を見開いた小夜子の頭を撫でながら『家族に人殺しなんてして欲しいわけないじゃん』と続けた。



「仇を討てって言って死んだ母ちゃんの言葉は、小夜子にとって重いものなんだと思う。だから同じ家族としてお願い。─── 仇討ち諦めて?」




 ◇




 心の奥深くにずっとのしかかっていたオモリがスッと取り除かれた気がした。



 諦めていいんだ…… 両親の代わりに定臣が許してくれた……


 

 自然と涙が溢れてくる。声が出ない。でも伝えないと。



「あ”り”がどう”」



 喋れてねーよ! と心の中でツッコミながら定臣は小夜子が落ち着くまでずっとその頭を撫で続けていた。しばらくして落ち着きを取り戻した小夜子が改まって定臣に向き合い、深々と頭を下げた。



「ありがとう! お姉ちゃん!」


「ちょ! 兄ちゃんだから!! そこ大事だから!」


 空気読めと、じと目を披露しかけた小夜子だったが言葉を続ける。



「お陰でなんかすっきりしたぁ…… 私ずっと仇討ちを諦めたかったのかもしんない」



 ピンポーン!


 

『そっか』と、笑顔で頷いた定臣の頭の中に突然、あの冗談のようなクイズ番組さながらの効果音が鳴り響いた。

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