魔王の席
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玉座の間は、相変わらず広すぎた。
威圧のために作られた空間だが、今はその役割を持たない。
重いのは石じゃない。
積み重なった時間だ。
玉座の前に立つ青年――オルティスは、小さく肩をすくめた。
正面。
左右に並ぶ二つの存在。
一人は、血の魔王。
赤い瞳と、感情を隠すのが下手な顔。
もう一人は、前魔王。
余裕のある微笑みと、からかうような視線。
「さて」
前魔王が、楽しそうに手を叩いた。
「色々、覚えてもらうわよ」
その声音は軽い。
だが内容は軽くない。
統治。
均衡。
介入していい線と、越えてはいけない線。
血の魔王は、少し視線を伏せたまま言った。
「……お前には、迷惑をかける」
それだけ。
謝罪としては短すぎる。
けれど。
今この場で、血は荒れない。
本来なら、そんな静けさは許されない。
オルティスは一瞬だけ考え――苦笑した。
「父上、母上……とでもお呼びすればいいのでしょうか?」
一拍。
二人の魔王が、同時に固まった。
次の瞬間。
「なっ――」
「ちょっ……!」
赤面。
揃って、目を逸らす。
沈黙。
オルティスは、やれやれと息を吐いた。
「冗談ですよ。まだ慣れていませんし」
オルティスは視線を戻し、淡々と肩をすくめた。
「とはいえ、理解はしています」
間を置かず、言葉を繋ぐ。
「魔王としての役割は、こちらで引き受けます」
前魔王が、少しだけ真面目な顔になる。
「無理はするんじゃないわよ」
血の魔王も、短く頷いた。
オルティスは微笑んだ。
「ええ。ですから」
一歩、後ろへ下がる。
「私は私の仕事も続けます」
言い切ってから、オルティスは一度だけ息を整えた。
「サキュリアス暗部長としての役割も、まだ終わっていませんので」
前魔王が、片眉を上げる。
「つまり?」
「時々、席を外します」
当然のことのように言う。
「……人に会いに行く用事も、ありますから」
血の魔王が、何か言いかけて――やめた。
前魔王は、ふっと笑う。
「忙しい魔王様ね」
「性分です」
オルティスは軽く頭を下げた。
「では、また後ほど」
背を向け、歩き出す。
玉座の間に残された二人は、しばらく無言だった。
「……似てるわね」
前魔王がぽつりと言う。
血の魔王は、何も答えなかったが――
その表情は、少しだけ柔らいでいた。
そこにいること自体が、奇跡だ。
許されるはずのないものが、席に座っている。
それでも世界は、何事もなかったかのように回っている。




