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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
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負けんなよ




 謁見の間は、すでに終わった場所の顔をしていた。

 戦は起きなかった。

 血は流れなかった。


 だからここは、

 正しく処理された場として扱われている。


 誰かがそう判断し、

 誰も異を唱えなかった。





 扉が開く。


 軋みはない。

 乱暴さもない。


 ただ、

 扉の向こうから足音が届く。


 急いでいない。

 警戒もしていない。


 ――来るべき者が、

 遅れて到着しただけの歩き方だった。


 華勇者一行は、

 中へ足を踏み入れた瞬間、違和感を覚えた。


 血の匂いがない。

 剣が抜かれた気配もない。


 それなのに、

 空気だけが張りつめている。


 終わったはずの場所に、

 終わっていない重さが残っている。





 エレシの視線が、

 玉座の前へ走る。


 そこに立つ存在を、

 一つ。


 次に、

 もう一つ。


 それだけでも、

 異常だった。


 理由は分からない。

 説明もない。


 ただ、

 魔王と呼ばれる存在が、

 一人ではない。


 それだけで、

 感情が追いつかなくなる。


 次の瞬間、

 殺気が走る。


 理屈ではない。

 判断でもない。


 反射だった。


 両親を殺された記憶。

 世界を壊された実感。


 それらが一気に蘇り、

 ただ一つの衝動に収束する。


 ――全部、殺す。


 エレシは、

 誰よりも早く踏み出していた。


 狙いは定まっていない。

 だが、迷いはない。


 止めたのは、

 剣だった。


 乾いた音が一つ、落ちる。


 定臣が、

 エレシの進路に立っている。


 構えてはいない。

 斬る気もない。


 ただ、

 そこに立った。


 それだけで、

 エレシの動きが、僅かに止まる。


 定臣は、

 何も言わない。


 剣を下ろし、

 視線だけを向ける。


 ――ここまでだ。


 そう告げる代わりに、

 その場に立ち続けた。


 エレシの殺気が、

 再び高まる。


 だが――


 次の瞬間、

 向き先を失った。


 消えたのではない。


 向けるべき対象が、

 本能的に弾かれた。


 視界が歪む。


 魔王たちの姿が、

 一瞬、遠のく。


 呼吸が詰まり、

 心臓の音が遅れて届く。


 危険、という言葉では足りない。

 強い、でもない。


 ――違う。


 そこに、

 “近づいてはいけないもの”がいる。





 誰も、

 その姿が現れた瞬間を見ていない。


 だが、

 最初からそこにいたかのように、

 場の中心に存在している。


 ――小波透哩。


 穏やかな表情をしていた。


 それだけで、

 異質だった。


 何かをしているわけではない。

 何かをしようとしているようにも見えない。


 それなのに、

 場が、それ以上進まなくなっている。


 魔王たちでさえ、

 無意識に距離を取っていた。


 威圧でも、

 敵意でもない。


 ただ、

 “そこにいる”という事実が、

 判断を鈍らせている。


 定臣は、

 その存在を見た瞬間、

 わずかに視線を逸らした。


 ――ああ。

 来たな。


 そう、

 分かってしまった。


 言葉にすれば、

 何かが崩れると知っているから、

 何も言わない。


 透哩の視線が、

 一瞬だけ定臣に向く。


 そして、

 ほんの僅かに細まった。


 分かっているのに、

 何も言われなかったことを、

 きちんと受け取って。


 透哩は、

 初めてエレシを見る。


 逃げ場のない距離で。


「担保する」


 それだけだった。


 だが、

 その言葉と同時に、

 エレシの中に、

 一つの“確信”が落ちる。


 ――あの子は、思い出さない。


 理由は分からない。

 方法も分からない。


 ただ、

 そうなるのだと、

 分かってしまった。


 エレシは、

 反射的にポレフを見る。


 何も知らない顔だ。


 それでいい。

 それだけは、

 ここに残る。


 怒りは消えない。

 許しも生まれない。


 だが、

 “今、殺す”という選択肢だけが、

 静かに遠のいた。


 エレシは、

 ゆっくりと息を吐く。


 納得ではない。

 受容でもない。


 ただ、

 選んだ。


 ――ポレフを。


 クレハが、

 一歩だけ前に出る。


 その背中は、

 最初から覚悟を終えていた。


「若、負けんなよ」


 その一言で、

 ここに至るすべてが、

 確定した。


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