救われたように見えた世界
◇
不可逆点を越えた。
少なくとも、
この場にいる者たちは、
そう受け取っていた。
謁見の間は静まり返っている。
だがそれは、
緊張ではなく、
判断が下された後の静けさだった。
玉座の前で、
オルティスはそのまま立っていた。
胸の奥で脈打っていた衝動は、
完全には消えていない。
だが、
場を壊す力を失っている。
拒絶されたのではない。
押し留められただけだ。
その違いを、
オルティスは言葉にできなかった。
玉座に座す存在は、
すでに結論を出していた。
それは感情ではなく、
統治としての判断だった。
低く、静かな声が響く。
「人間を、滅ぼす理由は失われた」
それは赦しではない。
和解でもない。
ただ、
争いを継続する根拠が、
否定されたという宣言だった。
その言葉を受けて、
場の空気が、目に見えて緩む。
ミレイナは視線を伏せ、
ドナポスは大きく息を吐いた。
セナキは、
少しだけ安堵の色を帯びた笑顔を浮かべている。
彼らは理解したのだ。
――少なくとも、
この場で戦は起きない。
星勇者一行にとって、
それは十分な成果だった。
誰も死なず、
誰も斬らず、
世界が次へ進む。
正しい終わり方だと、
そう受け取れるだけの材料は揃っていた。
オルティスもまた、
胸を撫で下ろしていた。
自分の選択は、
間違っていなかったのだと、
信じる理由が与えられたからだ。
だから、
胸の奥に残る違和感を、
深く掘り下げようとはしなかった。
ただ一人、
クレハだけが、
その空気に馴染んでいなかった。
納得も、
安堵も、
達成感もない。
あるのは、
まだ“決着していない何か”への警戒だけだ。
◇
謁見の間の外では、
すでに次の準備が始まっている。
戦のためではない。
統治のための準備だ。
争いが終わった世界として、
次へ進むための段取り。
それが始まっているという事実が、
この場の判断が、
世界の側では確定したことを示していた。
世界は、
静かに前へ進もうとしている。
まだ、
そこに立ち尽くしている者がいることを、
知らないまま。




